対象の意味や価値を問い始めることは、物事の相互関係にも関心を持ち始めることである。「物事を深く考える癖」を社員が持ち始めると何が起こるかといえば、まず関心の幅が広がる。関心の幅が広がると、必然的に視野も広がっていく。

 それだけではない。仕事の意味を一緒に考えようとしている仲間にも、今までに比べてはるかに強い関心と信頼感を持ち始める。だから、チームとして機能する前提条件が出来上がる。つまり、どこから見ても、深く考える癖は質の高い仕事をしていくための前提条件としての意味合いを持っている。

 では、これからの企業にとって、その盛衰を分ける社員の持つ考える力とは、どういうときに、どういう条件の下で開発されていくのだろうか。ISOWAで考える力を持った若い人たちが確実に育ってきているのはなぜなのか。どういう環境の下なのかをもう一度整理しておこう。

 例えば、脳卒中で倒れ、入院した人を車いす生活の状態で介護すると(もちろん、1日2回、20分のリハビリはするのだが)ほとんどの人が寝たきりになってしまう。これに対し、車いすをやめ、リハビリ室も出て、日常的に歩かざるを得ない環境に置くと、8割以上の人が歩いて退院できるようになる。

 もちろん、そのためには患者自身が目標を持って努力しなくてはならないことも含め、午前9時から午後5時までの看護体制も抜本的に変えなくてはならないし、手を離しても倒れないつえだとか、ひざから下の足首を固定する装具であるとかのバックアップ体制が不可欠である。

 この話と「人が考える力をつけていく」プロセスはよく似ている。研修室(リハビリ室)でいくら刺激を与えても、本物の考える力はつかない。大切なのは仕事周りの環境を整えること、つまり、日常的に絶え間のない刺激にぶつかり続けることが考え抜く癖を身に付けるためには必要だ。

 この「環境を整える」という意味で、1つ目に大切なことは、ISOWAの経営者が、社員が深く考え抜く力をつけていくことを心から望んでいるという大前提の存在である()。というのは、社員が深く考え抜く力をつけていくということは、経営の透明性もそれに耐えられるレベルでオープンになっていなくてはならない。だから、経営者にはそれなりの覚悟が必要とされる。

図●「考える力」を鍛える環境
図●「考える力」を鍛える環境

 社員が考える力を持つとは、考える対象が会社や仕事そのもの、そして経営の中身にまで及んでいくということだ。こうした場合、「考える対象に制限は設けられない」のは当然の成り行きである。ここまでは考えてもいいけれど、ここから先は考えてはいけないというのでは説明がつかない。つまり、磯輪英之代表取締役社長が当初から進めてきた「経営情報の公開」が社員に考える力をつける大切な前提条件であったわけである。