新しいネットの巨人として今、フェイスブックが注目されている。登録ユーザー数は全世界ですでに9億人を超えた(2012年8月末時点)。日本でも登録ユーザー数が急増している。
 本連載では、『フェイスブック 若き天才の野望』(日経BP刊)の共訳者である滑川海彦氏が、フェイスブックの本当の威力と同社を率いる若きCEO、マーク・ザッカーバーグを連載で紹介する。

 第83回アカデミー賞は、第二次大戦を背景にジョージ6世を描いた「英国王のスピーチ」とフェイスブックの創立者マーク・ザッカーバーグをモデルにした「ソーシャル・ネットワーク」の2作の前評判が高かったが、「英国王のスピーチ」が作品賞や監督賞など4部門を、「ソーシャル・ネットワーク」(写真1)が脚色賞、作曲賞など3部門を獲得した。

「ソーシャル・ネットワーク」 ソニー・ピクチャーズエンタテインメント配給

 「ソーシャル・ネットワーク」は世界で約9億人(2012年8月末時点)のユーザーを抱えるソーシャルネットワーク・サービス「フェイスブック」の誕生を描いた映画だ。大スターも出演しなければ派手なアクションもなく、ほとんど全編機関銃のような早口のセリフの応酬だけというシリアスドラマにしては意外なほどの興行的成功を収めた。さらに批評家から圧倒的な賞賛を得て2010年末にはテレビ、新聞、雑誌といった伝統的メディアに大きく取り上げられるようになった。ただし、「天才・裏切り者・危ない奴・億万長者」というキャッチコピーのとおり、マーク・ザッカーバーグを頭脳明晰だが独善的で倫理性に欠けるコンピュータおたくとして描いている。

 普通なら、ザッカーバーグ像は本人としては歓迎しにくい映画のイメージ固定されてしまっただろう。しかし、若き天才、ザッカーバーグは、逆に映画をうまく利用し、自分の好感度を驚くほど引き上げた。

ザッカーバーグ最大の弱点はマスコミ対応だった

 マーク・ザッカーバーグは26歳にして6億人のネットワーク「フェイスブック」を作り上げたまれに見る才能の持ち主だ。しかし、これまで大きな弱点が一つあった。それがパブリック・リレーションズ(PR)である。マスメディア上のマーク・ザッカーバーグのイメージは、映画が作られる前から最悪だった。

 2007年には米国の有力ジャーナリスト、カラ・スウィッシャーに「遺伝子レベルで笑うことさえできないお子様CEO(最高経営責任者)」と酷評された。2008年にはCBSの看板報道番組「60ミニッツ」で答えに詰まり、目を白黒させた後で「それは質問?」と苦しい逃げをジョークの種にされた(「ソーシャル・ネットワーク」中でもザッカーバーグが弁護士の詰問に「それは質問?」と答えるシーンがある)。2010年になっても厳しい質問に滝のように汗を流しているところをアップで撮られ、「失神寸前だった」とからかわれたくらいだ。だからこそザッカーバーグは、メディアの取材にも、積極的でなかった。

 しかし、いまやフェイスブックは時価総額で約3.2兆円、約9億人以上(ともに2012年8月末時点)のユーザーを抱える企業になった。ザッカーバーグに悪いイメージが固定すれば、フェイスブック自身にも深刻な影響が出る。ビル・ゲイツが「悪の帝国」というイメージが大衆の間に自己増殖していくのを放置したために、マイクロソフトがどれほどの損害を被ったか計り知れない。