米Appleと韓国Samsungの訴訟合戦の行方を、パナソニックの知的財産部門で特許訴訟などに携わった楠本悦雄氏が読み解く。楠本氏は、この判決で事態は決定しない、本当の勝負は次の連邦巡回控訴裁判所での裁判になると指摘する。この訴訟はこれまでに例のない、地球を股にかけたグローバルな訴訟合戦であり、特許制度の位置づけを問い直す歴史的なきっかけになる可能性を持つと見る。(ITpro編集部による要約)

 2012年8月24日、米国カリフォルニア州北部連邦地裁でAppleがSamsungに勝訴した。Samsungに10億ドル(約790億円)以上の支払いを命じる判決だ(関連記事:AppleがSamsungとの特許侵害訴訟で勝利、損害賠償は10億5000万ドル)。このApple対Samsung訴訟、実は知財侵害訴訟もここまできたのかという、世界を股にかけた最大規模の戦いなのだ。

写真●AppleのiPhone 4SとSamsungのGALAXY S II
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地裁は地元有利の傾向、控訴での逆転も多数

 今回の地裁判決に関しての見解を述べたい。

 判決がマスコミで大々的に取り上げられているのは当然だと思うが、この判決ですべてが決するものではない。地裁判決は通常、地元が有利になることが多い。特にテキサス州のような保守的な地ではびっくりするような判断が出ることが往々にしてある。大抵の地裁訴訟では陪審制が取られ、かなり高度な技術に関する特許侵害訴訟でも、ずぶの素人にその判断をゆだねることになる。

 刑事事件などと異なり、最先端の技術を理解して侵害を判断するのは技術者でもない素人にはどだい無理だと思うのだが、そうなっている。ということは弁護士のプレゼンテーションに大きく左右されるだけでなく、愛国心まで影響してくる。米国の個人や会社、それもより小さい方の会社に同情的になる。

 今回の場合は、「我らが米国の愛すべき会社Appleの物まねを外国の会社がして大損害をかけている」という構図が効いているものと思われる。故Steve Jobs氏の人気も多少影響しているかもしれない。10億5000万ドル(約830億円)という日本では考えられない巨額の賠償金であるが、今回は「意図的な侵害」と認定されたので、裁判官(判事)の判断で、さらに最大3倍にまでなる可能性もある。つまり可能性としては約2500億円。途方もない金額である。

 Samsungは即座に控訴を表明した。本当の勝負は、次のCAFC(連邦巡回控訴裁判所)だ。いままで米国で特許侵害提訴された多くの日本企業も、地裁は負けても次のCAFCで勝負と考えて訴訟を進めることが多い。もちろん地裁で勝つことも大事ではあるが。CAFCでは裁判官も技術に通じた裁判官が、かなり公正な判断を下す。したがって地裁判決が覆されることもたびたびある。さらに、今回のようなデザインや仕様とも見られうる技術は、素人とプロでは判断が分かれ易い。どう判断されるか、予想がつかない。

 また、製品差し止め要求についても、同じ地裁で引き続き行われるが、これがどう判断されるかも興味深い。製品差し止めに関しては、2006年のeBay判決(関連記事:米eBayと米MercExchangeの特許侵害訴訟,米最高裁が差し止め命令判決を差し戻し)で4つのガイドラインが最高裁から示されている。ざっくり言うと、

(1) 回復できない損害である
(2) 金銭賠償では償えない
(3) 原告と被告の困窮のバランスがとれない
(4) 公共の利益が損なわれない

 この条件すべてをクリアすることは相当厳しく、この裁判以後、簡単に差し止めできなくなっている。以前よりハードルは高くなっているが、今回は差し止めの可能性もあり、どう判断されるか、注目点のひとつである。

 今回の判決は当然ながら他国の裁判には基本的に影響しない。ということで、この後も和解しない限り、両社の訴訟は米国でもまだまだ続くし、米国以外の国での継続訴訟も合わせれば、双方にとって大変な消耗戦である。たぶん、双方とも弁護士費用だけでも各数十億円規模を費やしているだろう。