本書の著者、警察大学校 警察政策研究センター教授の樋口晴彦氏は、ITproサイトにおける「危機管理の具体論」でおなじみの危機管理の専門家である。

 本書は、その樋口氏がここ4年ほどの間に複数の媒体で発表してきたコラムをまとめたもの。前述のITpro連載からも7本再録されているが、「安全と健康」(中央労働災害防止協会)や「月刊警察」(東京法令出版)といった他媒体からの転載が8割を占めるので、買って損した気持ちになる心配はまず無用だろう。官民問わず組織運営の事例に目を配り、教訓や課題を切り取ってみせている。

 意外なことに「第4章 組織変革の手掛かり」の中の「ゲシュタポと呼ばれても~富士通SIアシュアランス本部の戦い~」(133~138ページ)では、富士通における赤字プロジェクト防止の取り組みを紹介している。しかも、月刊警察からの転載である。富士通の取り組みが警察関係者向けの雑誌で紹介されていたことに驚きつつ読むと、締めくくりは多くの組織運営者に向けた普遍的なメッセージでまとめられていた。

 「日常に潜むリスク~鉄道の機器管理上の課題~」(70~76ページ)も印象的だ。樋口氏が一利用者として観察した鉄道駅におけるエピソードを3件紹介したもの。リスクの芽を考察し、多くの民間企業が他山の石とすべき組織運営上の注意点を3つ指摘して締めくくる。大抵の人がヒヤリハットの「ヒヤリ」とすら認識できないであろう日常的なシーンから、リスクを考察しているこのパートこそ、樋口氏の鋭さが最も分かりやすく表現されている箇所かもしれない。

 このほかにも「抽象論を読み飽きた」読者の期待を裏切らない著述が豊富だ。プラントや工場の火災事故を教訓として生かしている企業と、生かす姿勢が見られなかった企業の実像を伝える「二つの火災事故~不祥事を教訓として活かすには~」(154~162ページ)も、2社の対比が生々しい。技術や安全管理に詳しくない人が読んでも、どちらの企業が不祥事防止に真剣に取り組んでいるか、一目瞭然である。

 樋口氏の指摘する組織運営の問題点は、実は災害対策のみならず、平常時からのマネジメントの課題そのものに通じる部分が多い。「企業が衰退する理由~ゆっくりと時が流れる役員室~」(247~255ページ)は、樋口氏がある業績不振企業を訪問し、業績再建策に対してやり取りした模様を紹介したもの。とある内需型オールドエコノミー企業幹部の緩慢な経営姿勢を分かりやすく切り取ってみせる。

 「普段の仕事で活力が溢れている組織は危機管理にも強い」(51ページ)、「精神論を声高に唱えるのでなく、『安全はタダではない=カネがかかる』という当然の事実を直視する必要がある」(81ページ)という見解を持つ樋口氏だけに、なおざりに近い経営姿勢もリスク要因として見過ごせないのだろう。

 出版元の流通が弱いため書店で手に取る機会は少ないと思われるが、多くの問題意識を訴えかけてくる、凝集度の高い一冊である。

組織の失敗学

組織の失敗学
樋口晴彦著
中央労働災害防止協会発行
945円(税込)