予測不可能な現代で成功するには、「小さく賭けて、素早い失敗、素早い学習を繰り返す」ことが大事なことである。前回は、アマゾンとスターバックスの小さな賭けを紹介した。今回は、日本の身近な小さな賭けの事例を担当編集者が紹介しよう。

 アマゾンとスターバックスは、「小さな賭け」の試行錯誤を繰り返すことで世界的に成功できた。こういった話をすると、「なるほど、自分もやってみよう」と思う方がいる一方で、「それはアメリカの話でしょ」と考えがちである。また、アマゾンのジェフ・ベゾスCEO(最高経営責任者)やスターバックスのハワード・シュルツCEOが小さなチャレンジを積み重ねて失敗しながらもユーザーの声を聞いて成功につなげていったと話しても、「そりゃカリスマな天才経営者だからできることでしょ。うちの会社では無理」と考える人もいる。読者のみなさんの多くは日本にいるし、ベゾスやシュルツのような上司はなかなかいないので、自分とは遠い話だと思われるのも当然だろう。

 いやしかし、日本にも、カリスマでなくても、小さな賭けをして成功している人たちはいるのだ。

勝手プロジェクトから生まれた半年で50万冊のヒット商品

 コクヨS&Tの山崎篤氏は、「小さな賭け」をしてきた1人だ。山崎氏は「CamiApp」というiPhone/Android向けのアプリとノートを組み合わせた製品を手掛け、発売から半年で約50万冊というヒット商品にした立役者である。

 CamiAppがどういうものかというと、アプリを搭載したスマートフォンのカメラで専用ノートを撮影すると、写真からノートのメモをデジタル化し、クラウドサービス「Evernote」や「Dropbox」に自動的に保存できるというもの。専用ノートでは手書きメモをデータに取り込みやすくするために、ノートの周囲が黒色で囲われるように表紙を工夫したり、四隅にマーカーを入れたりする加工をしてある。アナログのノートの手軽さと、保存できるクラウドの便利さを組み合わせた面白いサービスだ。

 ところが、CamiAppは最初から大きなヒットを狙って計画したプロジェクトではない。コクヨS&T社内の研修で知り合った社員4人が、「今後、コクヨの主力であるノートの売り上げが減るかもしれない」という危機意識から始めた“勝手プロジェクト”だった。4人のうち、山崎氏ともう一人は東京に勤務、ほかの二人は大阪勤務。就業時間はそれぞれ別の本業を抱えていたことと、テレビ会議室が空いていなかったことから、もっぱら残業時間で相談を重ねていた。議論が熱を帯び、18時から始めた会議が23時を過ぎることもよくあったという。

 2010年6月の研修で知り合ってから3カ月。いよいよ会社の事業にしようと考えた“勝手プロジェクト”の4人は、企画書を役員会に提出。プロジェクトの企画内容が評価されて、晴れて会社の新事業として進めることになった。専任の社員が一人付いたものの、当初の4人は本来業務を抱えたまま。まさに、「小さな賭け」として動き出した。

最大の危機―ライバルに先を越される

 公認のプロジェクトになって数カ月後、最大の危機が訪れた。2012年1月に競合のキングジムが、CamiAppとほぼ同じ製品「ショットノート」を発表。翌月の2月から販売することが明らかになったのだ。山崎氏は、「準備してきた製品とほぼ同じ内容だった。あの時はメンバー全員で倒れそうになった」と打ち明ける。コクヨS&Tは4月に発売を予定して準備を進めていたが、発売を延期して製品内容を見直さざるを得なくなった。