「リスクを取るのは投資家の責任ですから」
日本をはじめ海外から来ていた投資家のメンバーはみな呆然となった。大勢の投資家を集めた中国不動産開発案件に関して中国の事業主は、投資案件のリスクについて自分たちの側には全く責任はないと言い放ったからである。

 「中国の可能性、そして私がこれまで事業を成功させてきた実績を買ってください」
 こんな宣言から始まった投資説明会。説明をしているのは35歳ぐらいの中国人の若き不動産開発の事業家である。会場は熱気にあふれ、集まった投資家も真剣に事業家の話に聞き入っていた。彼の強気な説明に投資家はどんどん惹きつけられていく。

 案件の投資規模は約10億円。この事業資金は自己資金とパートナーで折半、不動産開発に投資し、物件の販売総額は約25億円という。物件は共産党幹部をはじめとする顧客を想定した高級物件で、10棟分の家を建設する。投資家は5億円分を投資し1年半後に元本と利益で12億円が返済されるしくみだ。なんと利益は7億円で140%以上の高いリターンが見込めることになる。

 「すでに計画段階で3棟の購入申し込みが入っています」
 力強い中国事業家の説明に「おお…」と会場がどよめく。物件の紙模型や内装説明のパーツもたいそう立派で、私もこんな家なら住んでみたいと思わせるほど魅力的だ。集まっていた投資家も皆きっとそう思っていたに違いない。これぞ「チャイニーズ・ドリーム」だと。

 説明が一通り終わったところで、投資家から矢継ぎ早に質問が始まった。
 「3棟売れたということは、すでに数億円は資金が回収されたということですか」
 「事業主は5億円を負担するとのことですが、すでに5億円は手当てできているのですか」

 中国人事業家が答える。
 「資金はこれから回収します。物件を作り始めて頭金を半金、物件引渡し時に残金を回収します」
 「事業資金はまだ1億円しか手当てしていません。これから自己資金を集める予定です」
 ここからは、投資家からの質問で会場は大荒れに。計画は立派だが、具体的にはこれからという状況。事業資金はこれから集めるのでまだ集まっていないらしい。しかも、このような大規模な開発案件を手がけるのは初めてなのだという。

 投資家からの質問はさらに鋭さを増していく。
 「自己資金を銀行から借りるとか、個人保証をするとか、どのように手当てをするのかも考えていないのですか」
 「投資するにはリスクが高すぎるようですが」

 矢継ぎ早の質問に、ついに中国人事業家がブチ切れた。
 「リスクを取るのは投資家の責任ですから」

 ほとんどの投資家はこの段階で席を立ち去って行った。中国人の事業家は、何が悪かったのか全くわからない様子。多くの外国人投資家に馬鹿にされたと思ったのか、中国人事業家も腹立たしさを隠し切れない…

 以上は、最近あった投資案件の説明会での出来事である。これに限らず、同様の説明会が中国では頻繁に開かれている。中国では銀行が民間、特にベンチャーに積極的に資金供給をしない。事業資金を供給するのは、国内外の投資会社の仕事と考えているようだ。中国人事業家の中でも「融資」と「投資」について違いが分からない人が多い。中国語の通訳も「融資」と「投資」をゴチャゴチャにしている人が少なくない。

 確かに中国国内には多くの投資案件があり、常に資金は不足している状態である。「金さえあれば儲かる」という話がゴロゴロしている。特に今は中国内陸の開発が活況で、この地域の投資案件が激増している。海外投資家も中国沿岸部では人件費も高騰し現地企業が利益を出しにくいと判断、中国内陸への投資のシフトが起こっている。

 しかし、中国内陸には海外投資家と初めて接触する事業家が多いのも事実だ。彼らの中には、グローバルな取引の常識や金融に関する知識をほとんど持ち合わせていないものもいる。このような人たちはつい「金を持っているのは外国人投資家で、自分(中国人事業家)の事業で儲ければ苦労をせずに利益が得られる。だから事業のリスクを背負うのは投資家の方だ」と考えがちだ。彼らは、「この地域(中国内陸)は、何をしても今よりは成長する。だから、投資して失敗するなど考えられない」とも思っている。自信過剰というより、「失敗の経験」がないのである。

 そして、中国では事業をする場合、双方は「フィフティ・フィフティ」でなくてはならないという発想が強い。しかし、投資家と事業家の関係は「フィフティ・フィフティにはなっていない」と考えている。事業家は苦労して事業を成功させなくてはならない。一方、投資家は、金だけ出して何もしない。利益も資本構成の投資分だけ持って行ってしまう。最初から投資家はずるい存在と感じているようだ。だから、せめて成否に関するリスクくらいは投資家が全面的に負うべきだと考えるのだろう。

 日本の事業家と組む場合はしばしば「資金と事業ノウハウの提供」を彼らは要求する。それを基に、現地での仕事は中国側事業主が行う。そして、仮に現地の事業が失敗してもそれは「フィフティ・フィフティ」だというのである。つまり、双方とも資金と事業を失う。ところが現地の中国事業家は、事業が失敗した場合でも工場や従業員を新たな会社に移転させ、事業を再開したりする。それは事業主の裁量なのであって、決してルール違反ではないと彼らは考える。けれどもそれをやられた日本側は「資金と事業ノウハウを提供しながら自分たちは何も得られず、中国側はちゃっかりそれを別の事業に転用し利益を上げている」と感じる。そして「詐欺だ」「騙された」と騒ぐ。

 どんどん独立して起業するのが中国の現状だ。しかし、中国内陸に行けば行くほど、初めて外国人投資家や事業家と接触して仕事をする事業家が多い。これは、中国に限ったことではない。私が最近訪問したモンゴルやミャンマーでも似たようなケースに遭遇した。彼らには彼らの考え方、習慣があり、ルールがある。いくらそれがグローバルなそれと違っていると主張しても、結局泣き寝入りをするのはこちら側ということになる。

 重要なことは、交渉相手、パートナーがどのような経済的原理を持って行動しているか、どのように付き合っていくべきか見極めることだ。日本が高度成長期に米国や欧州に進出した時のように、出て行った先ではまったく違うルールが存在していることを覚悟しなくてはならない。それがイヤなら、国内に留まるか、相変わらず欧米諸国とのみ取引をしていた方が無難だろう。成長するアジアでの成功は、そこでのビジネスは完全に「アウェイ」のゲームなのだということを強く肝に命じるところから始まるのだと思う。

本稿は、中国ビジネス専門メルマガ『ChiBiz Inside』(隔週刊)で配信したものです。ChiBiz Insideのお申し込み(無料)はこちらから。
山田 太郎(やまだ・たろう)
株式会社ユアロップ 代表取締役社長
1967年生まれ。慶応義塾大学 経済学部経済学科卒。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)などを経て、2000年にネクステック株式会社(2005年に東証マザース上場)設立、200以上の企業の業務改革やIT導入プロジェクトを指揮する。2011年株式会社ユアロップの代表取締役に就任、日本の技術系企業の海外進出を支援するサービスを展開。日中間を往復する傍ら清華大学や北京航空航天大学、東京大学、早稲田大学で教鞭をとる。本記事を連載している、中国のビジネスの今を伝えるメールマガジン『ChiBiz Inside』(発行:日経BPコンサルティング)では編集長を務める。