ソフトバンクモバイルが2012年5月から係留気球を用いた携帯電話向け無線中継システムの実証実験を始めた。気球で無線中継局を高度100メートル程度に上げることで、半径5キロメートル程度のエリアをカバーできる。災害で通信障害が発生したエリアを迅速に復旧させる用途に使う。開発費は1機当たり500万円程度で、年内に10機配備する計画。

 気球を活用するアイデアは、東日本大震災後の復旧作業で苦労した経験から生まれた。「水害に遭った地域は谷間が多く、電波がなかなか届かなかった。高い柱に登って衛星のアンテナを立てたこともあった。木の上に付けることも本気で議論した」(ソフトバンクモバイルの宮川潤一・取締役専務執行役員兼CTO)という。

 アンテナを高い場所に持ち上げる方法を考えていたら気球にたどり着いた。北海道大学大学院情報科学研究科の小野里雅彦教授との共同研究に基づき、ソフトバンクモバイルが気球を製作した。「様々な機体を作っては失敗を繰り返し、外部にはとても言えないような大失敗もあった。1年以上の試行錯誤を経てようやく実現できた」(宮川CTO)。

気球には地上から有線で給電

 実験中の気球無線中継システムは、親機の中継元基地局と子機の無線中継局で構成する(図1)。無線中継局は二つのアンテナを搭載し、親機とは3.3GHz帯、携帯電話機とは2.1GHz帯周波数を使って通信する。使用する周波数幅は3.3G/2.1GHz帯ともに5MHz幅×1。実験における携帯電話の収容数(同時接続数)は250人程度だが、実運用では5MHz幅×4を使って1000人程度を収容できる見込み。気球内の中継局には地上の無線中継車から有線の電源ケーブルで給電しており、無線中継車に燃料を与え続けている限り連続稼働できる。親機から先は有線で携帯電話網につなぐ。

図1●係留気球を用いた無線中継システムの基本構成
図1●係留気球を用いた無線中継システムの基本構成
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 気球は空中姿勢が安定する扁平型を採用した。球形は風の抵抗が大きくなり、飛行船型は風向によって方向が変わってしまう問題があるという。さらに気球を3本(実験では突風でも耐えられるように6本)のロープで地上につなぎとめる係留気球とすることで回転を防ぎ、位置と高度を安定させる。気球はナイロン製の2重構造で、係留ロープには「ダイニーマ」と呼ぶ強度の高い繊維素材を使う。

 気球に充填している気体はヘリウムガス。1回の充填で最低1、2カ月間持ち、充填費用も20万円程度と安いという。水素ガスは爆発の危険性があるので採用しなかった。設営には最低4、5人が必要で半日程度かかる。設営の時間を短くするため、今後は車両と一体化することも検討していく。