AppleとiPhone/iPadの成功についてはすでに読み切れないほどの論考が書かれている。今回の記事では「Appleの成功の本質と、その弱点」に絞って検討していきたい。目的は、スマートデバイスの今後の動向を予測するための視点を得ることだ。

 Appleの成功は今や垂直統合型ビジネスモデルの「お手本」のように見られている。今のAppleは、その成功したビジネスモデルをさらに強固に、隙がないものに仕上げようとしている。他社が同じビジネスモデルを再現することは難しそうだ。その一方で、同社のビジネスモデルは強固で隙がないものの、隙のなさが弱点となる場合もあるように思われる。

Appleはスマートデバイスの会社として成長

 Appleが作り出したiPhoneの物語は、ITの歴史上の事件として長く語り継がれることになるだろう。2007年1月に発表されたiPhoneは、同社の急成長の原動力となっただけでなく、コンピュータ産業の中心がスマートデバイスへ変化していったことを象徴するデバイスとなった(写真1)。

写真1●iPhoneを発表するSteve Jobs氏(2007年1月)

 iPhoneを発売開始した2007年から2011年までの4年で、Appleの売上げは4.4倍と急成長している。平均して1年で45%の高成長を4年にわたり続けたのだ。同社の2012年1-3月期の売上げの75%はiPhone、iPadとその関連製品/サービスが占める。Appleは、スマートデバイスにより年間売上げ1000億ドルを越える巨大企業となり、しかも年平均45%の急成長を遂げている。この恐るべき業績こそ、今が「スマートデバイスの時代」であることのサインなのだ。

 登場から約5年で累計3億6500万台のiOSデバイスが出荷された。大勢のユーザーが、キーボードを持たないiOSデバイスのタッチUI(ユーザーインタフェース)に慣れ親しんだ。今のスマートデバイスのUIの基準は、iPhoneが世に送り出したタッチUIだ。新しいUIがこれだけ迅速に普及したという意味でも、iPhoneはまれに見る成功事例といえる。

 2007年のiPhoneの登場時点では、Appleは「サードベンダーアプリの予定はない」とそっけない態度を示していた。だが、翌2008年にはiPhone向けアプリの開発が同社外部の開発者にも「解禁」された。以後、iOSアプリ市場は急成長する。2012年6月開催のWWDC2012で明らかになった数字によれば、iOSアプリの本数は65万本、アプリ開発者への支払い総額は累計50億ドル以上にのぼる。

Appleはあらゆるレイヤーに努力を投入した

 AppleがiPhoneを作り出すにあたってどのような努力を投入したのかを、ここに列挙してみよう。

  • 垂直統合型のビジネスモデルを設計、運用
  • マルチタッチを利用したUIデザインを新たに開発
  • MacOS Xをベースに専用OSの「iOS」を開発
  • iOSアプリ開発用のツールを整備
  • iOSアプリ開発者コミュニティを育成
  • コンテンツマーケットiTunes Store、アプリマーケットAppStoreを運営
  • 半導体(SoC)のA4プロセッサ、A5プロセッサを設計
  • 真似が難しい外装デザインを採用
  • 外装デザイン実現のため大量のNC切削機械などを製造工程に導入
  • 周辺機器、アクセサリのエコシステム(生態系)をコントロール
  • 各国の通信事業者と強い立場で交渉
  • iPhoneから利用できるクラウドサービスを構築、運用

 iPhoneの成功のためにAppleが実行した仕事のリストは膨大だ。ビジネスモデルの開発、半導体設計、大規模なソフトウエア開発、UIデザインの開発、外装デザイン、加工技術、マーケット運営、開発環境の整備、開発者コミュニティの運営、クラウドサービスの構築──このような複数の階層にまたがる多くの仕事を、同社は強いコントロールの元で実行した。どの要素が欠けても、今のようなiPhoneの成功はなかった。

 もちろん、Appleはすべての要素を一度に準備した訳ではない。iPodのエコシステムやiTunes StoreはiPhone登場時点ではすでに用意されていた。OSの開発や開発者サポートは、同社が長年行ってきた業務だ。

 iOSの元になったMacOS Xは、同社が長年育ててきたOSだ。そのMacOS XはNEXTSTEPのコア技術を用いて構築されている。iOSで使われているObjective-Cによる開発環境やMach OSカーネルはNEXTSTEPを引き継ぐものだ。iOSは一朝一夕に生まれたものではなく、長年のOS開発の成果が注ぎ込まれている。

 すでに持っていた資産は最大限に活用したとはいえ、iPhoneという新しいカテゴリのコンピュータを「再発明」した事は、やはり大変な事業だと考えられる。