インドIT大手のHCLテクノロジーズ(HCLT)が、常識に逆らうような企業改革で再生する過程を、陣頭指揮を取った同社CEO(最高経営責任者)のヴィニート・ナイアー氏が綴った書籍だ。この改革が特異なのは、著者が熟慮の上で「従業員が第一、顧客が第二」という原則を掲げ、実行したことにある。

 伝説的起業家であるシヴ・ナダール氏らが1976年に創業したHCLTは、2000年代前半には成長率で競合他社の後塵を拝し、活気を失っていた。改革を託されCEOに就いた著者は、顧客や従業員らとの対話などで自社のバリューゾーン(価値を生む領域)が変わったことに気付く。ITサービスの価値は技術でなく、技術を生かす知識やノウハウに移っていたのだ。

 著者が「従業員第一」、つまり時には顧客の便宜より現場の従業員を優先する原則を打ち出したのは、現場が能力を発揮する環境を整えれば、サービスの質が向上し、結局は顧客獲得につながると考えたからだ。この方針を顧客企業にも説明し、「最後は顧客に利益をもたらす」と訴えて理解を得た。

 この原則の下で著者は、管理層が現場に説明責任を負うように組織のピラミッドを逆転させたり、経営層が従業員の投稿した疑問に答えるサイトを構築して経営の透明性を高めたりと、次々に手を打っていく。従業員に経営層の役割を担ってもらうため、課題解決のアイデアを従業員から募るシステムを整備するなど、改革の様々な場面でITが活躍している点も興味深い。

 改革の成果は感動的だ。HTCLは2008年からの景気後退期でも従業員の解雇を避け、年率20%の成長を続けた。顧客が筆者に語った一言がその成果を語っている。「あなたの従業員は奇跡を起こす」─。

 HCLTの事例が興味深いのは、日本のITベンダーは「モノづくり」を標ぼうする傾向が強いのに対し、同社は自らをサービス業と位置付けて改革に臨んだことだ。サービス業の価値の源泉は人である。日本企業も大いに参考にしてほしい事例だ。

評者:好川 哲人
神戸大学大学院工学研究科修了。技術士。同経営学研究科でMBAを取得。技術経営、プロジェクトマネジメントのコンサルティングを手掛ける。ブログ「ビジネス書の杜」主宰。
社員を大切にする会社

社員を大切にする会社
ヴィニート・ナイアー著
穂坂 かほり訳
英治出版発行
1680円(税込)