起業家精神は特別な才能か、それとも育成できるものなのか――。これは世界共通の話題です。ここに来て、ブランク氏は育成のためのルールを見出だしつつあるようですが、2010年春に投稿されたブログでは、その両“派閥”の応酬が語られています。(ITpro)

 アントレプレナーシップについて議論を始めるときにベストな方法の一つは、アントレプレナーシップが「天性のものか、それとも育成できるか」という“手榴弾”を会話に投げ込むことです。アントレプレナーの才能は、生まれながらに与えられたものでしょうか。それとも教えることができるのでしょうか。

どちらの意見に賛成ですか

 ユニオンスクエア・ベンチャーズのフレッド・ウイルソン氏、マハロ・ドットコムの創業者のジェイソン・カラカニス氏、GRPパートナーズのマーク・サスター氏は「天性」派、すなわち、あなたがアントレプレナーか、そうでないかは生まれながらに決まっているとの見解です。

 デューク大学アントレプレナーシップ・センターとカフマン・アントレプレナーシップ財団のヴィヴィック・ワダワ氏と他の方々は反対で、アントレプレナーになるように、人々を教育できるとの見解です。

討論

 今週の火曜日(2010年4月20日)に、スタンフォード大学アントレプレナー学生会のスタンフォード・ビジネスアソシエートが「アントレプレナーシップとは天性のものでしょうか、教育できるのでしょうか」という討論を催します。マーク・サスター氏、ヴィヴィック・ワダワ氏と大手VCのニューエンタプライズ・アソシエート社のパトリック・チャン氏が討論し、私が司会をします。

 私は質問ができますが、発言はできないので、私の影響力は微々たるものです。

アントレプレナーとは?

 「アントレプレナーシップは天性のものなのか、それとも育成できるのか」という議論のほとんどは、アントレプレナーの性格の定義から始まります。すなわち、リスクを取る、粘り強い、立直りが早い、自信がある、競争心が旺盛、自己を信じる、ビジョンを構築できる能力、現実歪曲空間(知らず知らずに、聴衆を巻き込み感動させる)能力といったものです。その後の対話は、こうした性格は教育できるのか、もしくは生まれながらに与えられているのかの証明に移行します。

「天性」――私のDNAは、あなたたちより優れている

 「それは、天性のもの」との視点は、非常に単純です。あなたは、その才能が入ったDNAを持って生まれたというものです。

 今までの私の人生で、ほんの少数の人しか持っていない才能を持って生まれたと考え、いい気分になった時もありました。まあ、すべてのアントレプレナーが持っている決定的な特徴は、健全なエゴと、自分の才能は特別でユニークだと感じることですから。他の連中が、私と同じことを「訓練によってできるようになる」と考えることにより、私はとても憂鬱な気分になるのです。

 私の職歴のすべてをみれば、私にはもって生まれた資質があったことが分かります。

「育成できる」――当然のことながら、あなたを訓練できます

 一方で、あなたが持って生まれた遺伝子によって決まった地位以上に向上できないと考えることは、何だか米国らしくありません。米国は「すべての人間は平等である」を標榜した平等主義の国だという考えを基に、多くの人を磁石のように引き寄せます。「育成」派は、一生懸命働くことと適切な教育で、誰もがアントレプレナーになれると考えます。

 私は年をとると共に、持って生まれた資質は、私が過ごした数千時間の環境、混沌とした生い立ち、戦場でどのように働くかを学び、私の職歴で出会った複数のメンターなどによって磨かれたことに気付きました。

 私の職歴のすべては、私は自分の置かれた環境から育まれたことを示しています。

盲人と象

 「天性のものか、育成できるのか」という問いに対する数多くのブログに共通するのは、著者の個人的経験に基づき、他の人たちを推定する傾向があることです。例えば、「私は高校時代からアントレプレナーだったから、他の人たちもそうでしょう」と「天性派」は言います。「両親が事業をしていた、私には多くのメンターや教師がいた」などの説明で、「育成派」は自分が正しいと説明します。

 この「討論」は、「盲人が、象とはどんなものかを説明している」という逸話のようです。すなわち、完璧な真実が、生半可な真実に惑わされ、相対的なものに見えることなのかもしれません。

多分、答えは両方です

 過去10年ほど、アントレプレナー・クラスで1000名以上の学生を教え、そのうち、かなりの数の学生が起業しました。彼らのバックグランドは多様で、人生経験、人種、信教、階級、学校の種類などはばらばらです。一部の学生は崩壊した家族環境で育っていましたが、大多数は普通の家庭生活を持っていました。海外からの学生は、遠方の国から私のクラスに、多くの障害を乗り越えて参加しました。一方、他の学生はニューヨークで生まれ、ファーストクラスに乗って参加しました。生来持っている「やってやろう」という強い決意で初日から参加する学生もいれば、博士課程志望者で、私のクラスに出席して初めて「光」を見た学生もいました。

 ベンチャーキャピタリスト(VC)は、これら様々なタイプのうちの一人に出資するかもしれません。あるいは、高校時代に既に最初の起業をした人、有名校出身者あるいは無名校出身者、男性あるいは女性に出資するかもしれません。その中の一人が、他に比べて勝っている証拠は、VCが選択するときの偏見以外、明確なものは何もありません。

 共通に存在するのは、確信を持って表現された、情熱的な意見だけです。

天性か、育成か、それとも文化か?

 地域文化と環境は討論の最後の項目であって、あまり論題になりませんが、同じように重要かも知れません。

 30数年前に私がシリコンバレーに来たとき、アジア人とインド人はハイテク産業ではごく少数であり、企業を運営したり、VCをしていた人はほとんどいませんでした。当時米国には、アントレプレナーのDNAを持ったアジア人とかインド人はいなかったのでしょうか。彼らは、そのような教育を受けていなかったのでしょうか。あるいはその当時、シリコンバレーのVCの文化に、アジア人やインド人がアントレプレナー創業者や出資者にはなれない、との考えがあったのでしょうか。

 私たちは、30年後に振り返って、どうして女性のアントレプレナーが今でもそんなに少ないのだろう、と言うでしょうか?

 最近では、シリコンバレー、ニューヨーク、ボストンが、米国でアントレプレナーを引きつける中心地です。しかしながら、素晴らしいDNAを持ったアントレプレナーのすべてが、この地域で働いているのでしょうか。これら以外の地域では、才能のある人たちをすべて奪われてしまったのでしょうか。

 それとも、これら三つの地域のネットワーク効果、リスク資金、アントレプレナーシップ教育ネットワークなどが用意されていて、逆に米国の他地域のアントレプレナーには、小規模企業を始めるとか、9時から5時までの負荷の軽い職業を選ばせるのでしょうか。(私はこの話題に関連するブログを書いています)

 加えて、イスラエルのことを考えてみて下さい。イスラエルの企業は、他のどの国よりも多くの企業を、ニューヨーク証券取引市場とNASDAQ証券取引市場に上場させています。その数は、他の国の企業合計の3倍にもなります。それは、イスラエルのDNAなのでしょうか。教えられたのでしょうか。それとも、それはイスラエルの文化や社会環境が、1平方マイルのアントレプレナーの数を世界一にしたのでしょうか?(そのヒントは、Unit 8200とTalpiotプログラムにあります)

 そして中国をどのように説明すればよいのでしょうか。中国は、現在アントレプレナーシップが急拡大しています。しかし、1960年代には大規模なアントレプレナーは皆無でした。1960年代には、中国の誰一人として、DNAを持っていなかったのでしょうか。 あるいは1960年代にはアントレプレナーを誰一人も教えられなかったのでしょうか。

 外部的文化と社会環境の変化が、「天性派」であれ「育成派」であれ、アントレプレナーシップを開花させるのです。

 現実には、アントレプレナーになるには様々な道があるようです。それは「天性」「育成」「文化」です。

学んだこと
―アントレプレナーは、生まれながらのもので、作ることはできない。これは正しい
―アントレプレナーは、作られるものであり、生まれながらものではない。これも正しい
―アントレプレナーは、支援する文化と社会環境がなければ、繁栄しない

2010年4月19日オリジナル版投稿、翻訳:山本雄洋、木村寛子)

スティーブ・ブランク
スティーブ・ブランク  シリコンバレーで8社のハイテク関連のスタートアップ企業に従事し、現在はカリフォルニア大学バークレー校やスタンフォード大学などの大学および大学院でアントレプレナーシップを教える。ここ数年は、顧客開発モデルに基づいたブログをほぼ毎週1回のペースで更新、多くの起業家やベンチャーキャピタリストの拠り所になっている。
 著書に、スタートアップ企業を構築するための「The Four Steps to the Epiphany」(邦題「アントレプレナーの教科書新規事業を成功させる4つのステップ」、2009年5月、翔泳社発行)がある。