メールには、複数の人に同報できる便利さがある。PM(プロジェクトマネジャー)は、やり取りしている相手だけでなく、ステークホルダーのメールアドレスをCC(カーボンコピー)欄に加えておけば、やり取りをそのまま伝えられる。あとで一から説明する手間が省けて便利だ。

 ただしPMは、CC欄を確認せずにメールをやり取りしてはいけない。PMがプロジェクト内の相手だと思って気楽に書いたメールが、プロジェクト外の人にも読まれていることがあるからだ。内容がまずいものを送ってしまうと、プロジェクト外の人に知られることになり、相手との信頼関係が崩れるといった、冗談では済まされない事態を招きかねない。

メールのCC欄を意識しなくなる落とし穴にはまったSさん

 SIベンダーに所属するPMのSさんがあるプロジェクトを終えたときのことだ。そのプロジェクトは、ユーザー企業にいる利用部門の担当者からの細かい仕様が膨らむ難しいものだった。そこでSさんはユーザー企業側の窓口担当者であるYさんと協力して、利用部門の担当者と交渉しながら仕様の絞り込みを行った。交渉は難航したものの何とかプロジェクトの予算内に収まる仕様に絞り込んで、無事稼働させることができた。

 追加開発がまだ残っているものの、ほっとしたSさん。メンバーと、ユーザー企業側からYさんだけを誘って、プロジェクトの打ち上げを行った。難しいプロジェクトを終えた後だけに、SさんはYさんと意気投合。飲み会は1次会だけにとどまらず2次会、3次会と続いた。

 事件は、打ち上げが終わってから追加開発に入るまでの期間で起こった。いったん仕事場をSIベンダーのオフィスに戻したSさんは、Yさんに稼働後のシステムについて知りたくなり、メールを送った。

件名:システムの稼働状況について

Y様

いつもお世話になります。Sです。

先日は打ち上げにご参加いただきありがとうございました。

本日はシステムの稼働状況を確認したくメールいたしました。順調に稼働していますでしょうか。総合テストで大きな問題は解消できたかと思いますが、新たな問題は起こっていませんか。お手すきの時にお返事いただければと思います。

S

 SさんがYさんに送ったメールのCC欄に含めたアドレスは、Sさんと同じSIベンダー所属のメンバーたち。打ち上げでは3次会まで盛り上がった面々だ。Sさんは、Yさんからの返事を受けて必要に応じてすぐに対応してもらえるようにと考え、CC欄にメンバーたちのアドレスを加えた。

 するとしばらくしてSさんは、Yさんから以下のような返信メールを受け取った。

宛先:S
CC:Kouji Yamamoto; Minoda Yorimasa;Megumi Kitano; Kerk Mint(f);
A.kogure@abcdef.co.jp; M.hamasaki@abcdef.co.jp; T.noguchi@abcdef.co.jp

件名:Re:システムの稼働状況について

S様

お世話になっております。利用部門の担当者に尋ねてみましたが、新システムはかなり好評です。問題なく使われていますよ。これもS様たちのおかげです。ありがとうございます。

Y

 Yさんからの返信メールには、CC欄に利用部門の担当者のアドレスが三つ加えられていた。YさんはSさんに好評だと伝えていることを、利用部門の担当者に知らせたかったからだ。

 ところが、Yさんからの返事にとても嬉しくなったSさん。CC欄の変化に気付かず、すぐに返信メールで以下のようなメールを送ってしまった。

宛先:Y
CC:Kouji Yamamoto; Minoda Yorimasa;Megumi Kitano; Kerk Mint(f);
A.kogure@abcdef.co.jp; M.hamasaki@abcdef.co.jp; T.noguchi@abcdef.co.jp

件名:Re:Re:システムの稼働状況について

Y様

それはよかったです。私もとても嬉しく思います。Yさんと一緒に頑張った甲斐がありました。ありがとうございます。

ところで先日の打ち上げは大変楽しかったですね。2次会では特にはじけてしまいました。いつも利用部門の担当者たちのわがままな要求に振り回されているとのことでしたが、そんなストレスもパッと解消できたのではないかと思います。

またぜひ飲みましょう。

S

 打ち上げで意気投合し、Yさんに親近感を持ったSさんは、ちょっとふざけた気持ちで、打ち上げの時の話を交えてメールを送った。ところがこれがいけなかった。しばらくしてYさんから電話がかかってきた。その声は怒気を含んでいた。「打ち上げの時の話をなぜメールに書いたんだ。誰にも知られたくなかったのに、CC欄に入っている利用部門の担当者に知られてしまったじゃないか。これからどうしてくれるんだ」。

 実はYさん、メールの文面にもあるように、ユーザー企業の中でも穏やかで温和なイメージが浸透していた。それがSさんからのメールで、羽目を外して陰口をたたいていたことが利用部門の担当者にばれた。Yさんは利用部門の担当者から白い目で見られるようになってしまった。

 電話を受けて青くなったSさん。その場で平謝りをしたが、Yさんの怒りは収まらない。Sさんは上司と共に、Yさんの元へ謝りに行ったが、取り合ってくれない。結局、Yさんとの信頼関係は崩れてしまったことがもとで、Sさんは追加開発を残して、現場を去ることになってしまった。