ブランク氏によるスタートアップ企業向けの教育プログラム「リーン・ローンチパッド」が、また新たな展開を迎えました。今度は、教育者向けの活動です。全米の99.7%を占めると言われる小規模企業のために従来のプログラムを修正し、それを教える教育者を育成しようというのです。(ITpro)

 今回のブログでは、NSF(全米科学財団)によるI-Corps(イノベーション部隊)の教授会のディレクターであるジェリー・エンゲル氏のブログを通じて、私たちの活動をご紹介します。同氏は、カルフォルニア州立大学バークレー校でアントレプレナーシップ(起業家精神)を教えるレスター・センターを創設した、教授会のディレクターでもあります。

全米企業の99%は…

 ある日、カルフォルニア海岸の朝霧が晴れるころ、私とスティーブ・ブランク氏は、この8月にバークレイ校で開催する、リーン・ローンチパッドの教育者向けプログラムの準備をしていました。このプログラムの3日間のクラスでは、世界中のアントレプレナーシップを教える教授たちを集め、「ビジネスモデル・キャンバス」と「顧客開発」で構成するリーン・ローンチパッドの手法を用いてアントレプレナーシップを教えます。アントレプレナーシップを21世紀に対応できるようにするためのクラスなのです。

 過去2年間で、バークレイ校、スタンフォード大学、コロンビア大学に加え、NSFのI-Corpsの活動を通して、リーン・ローンチパッド・モデルが非常に有効であることを実証しました。以上のクラスのデータから分かってきたことは、ビジネスを拡大できるスタートアップ企業を作る際に、直面する失敗を減らす方法を見つけたということです。

 私たちは、この結果にとても興奮しています。同時に、現状は米国全体のベンチャー企業の1%ほどしかない、技術関連のスタートアップ企業の問題を解決しているだけだとも認識しています。

 実際、米国は今でもほとんどが小規模なビジネスに支えられている国です。米国全体の600万企業のうち99.7%は従業員数が500人以下であり、米国の1億2100万人の総就業人口の50%を雇って給料を支払っています。これらの小規模企業は、1993年から2009年までに生まれた新たな雇用1500万人のうち、65%に相当する980万人を担っています。

 これらの小規模企業は、技術をビジネスの基盤として使ったり、顧客を獲得し管理するために使いますが、ほとんどは技術以外の分野(建設、小売り、医療、宿泊施設、飲食関連)などの企業が占めています。

 私たちが、技術関連の新しいスタートアップ企業を構築するための、目覚ましく効率的な方法を検討している間に、小規模企業の10社中3社は創業後2年以内に廃業し、半数は5年以内に廃業します。米国中の街々のメインストリート(訳者注:中小企業を指す。大企業を意味する「ウォールストリート」との対比で用いられる)にある小企業で使われている道具と手法は、過去75年間使われていた旧態依然としたものです。

 ですから、私たちの次のチャレンジは、それらの小規模企業の失敗をいかに少なくするか、そして、この残りの99%の小規模スタートアップ企業に対して、リーン・ローンチパッド手法をどのように適応できるかを考案することです。

[画像のクリックで拡大表示]

思いがけない幸運

 お昼ころになって、思いがけない“答え”がやってきました。彼の名前はアレックス・ローレンスといい、ユタ州にあるウェバー州立大学のイノベーションと経済開発の副学部長を務め、ちょうど初年度のアントレプレナーシップのクラスを教え終えたばかりでした。アレックスは、シリコンバレーでよく見かける、行動力と活力を兼ね備え、非常に成功したシリアル・アントレプレナー(訳者注:スタートアップ企業を続けて創業する人)ですが、一風変わっています。

 彼が創業した9社のスタートアップ企業は、フランチャイズのフルーツジュース店から、レンディオという名の小企業向けのファイナンス・サービスまで幅広いものでした。アレクッスは母校から、アントレプレナーシップ・クラスを始める目的で招聘されていました。彼の担当は、5~6コースのアントレプレナーシップの副専攻科目の設立です。その科目は、起業にチャレンジしたいと思っている学生なら、大学のどの学部でも取得できます。

 アレックスの最初の洞察は、伝統的な「ビジネスプランの書き方」は、シリコンバレーで陳腐化しているだけでなく、メインストリートでも陳腐化していることでした。その結果として彼は、ブランク氏のリーン・ローンチパッド方式を採用し、彼の著書「スタートアップ・オーナーズ・マニュアル」を教科書として使っていました。アレックスは、このカリキュラムに関する助言を求めて私たちにコンタクトしてきたので、私たちの農場に招待するのが最も自然だと考えました。

 アレックスがクラスで教えている様子をより詳しく聞くうち、彼の学生たちがどんな事業を興しているのか、当然ながら私たちはたずねました。アレックスは明らかに遠慮がちに「写真スタジオ、一般的な家庭用品や消費者向け衛生製品のオンライン販売などであり、彼らのコミュニティでは、成功の証はIPOではなく、良いキャッシュ・フローを得ることだ」と説明しました。学生たちにとってそれは「小規模ビジネス」ではなく「自分たちのビジネス」なのであり、彼ら自身と家族が独立して富を築くための生活基盤であり、チャンスなのです。

メインストリート向けではありません

 私たちが農場の敷地にある池に向かって歩く道すがら、アレックスが説明したのは以下のような内容です。リーン・ローンチパッド手法の教え方は、直接応用できて効果的である一方、学生の最終目標の大きさ(「生計の構築」対「10億ドル規模のIPO」)や、ビジネスモデル遂行の詳細(「フランチャイズや複数レベルのマーケティング」対「直接販売」、「利益の共有」対「株式分配」、「中小企業貸付金」対「VCの投資」など)がミスマッチであるということでした。

 池の縁に座っているとき、私たちに2度目の思いがけない“ひらめき”が訪れました。それは、21世紀のアントレプレナーシップ向けリーン・ローンチパッド・クラスを「メインストリート」向けに簡単に調整できるということです。そのために必要なことは、最終目的と遂行の詳細を変更し、「メインストリート」の新しい小規模ビジネスが直面するものに適応させればよいのです。

 私たちは、これを「メインストリーム・アントレプレナーシップ」と呼ぶことにしました。

メインストリーム・アントレプレナーシップ

 メインストリーム・アントレプレナーシップとは、リーン・ローンチパッド・クラスを通じて、小企業の失敗を少なくする手法を教えるというものです。その手法は、ビジネスモデルを探して見つけるまでのプロセスを加速し、学習プロセスのように顧客との関係作りを導くものなので、メインストリーム事業の創業者を、技術分野の創業者と同様に支援できます。

 その日の残りの午後、スティーブと私は、アレックスとブレーンストーミングをし、彼の20年にわたるアントレプレナー的な小規模ビジネスの経験を軸に、ビジネスモデル・キャンバスと顧客開発をどのように使えばよいかを考えました。目的は、米国のメインストリーム・ビジネス向けに、大学レベルのアントレプレナーシップのカリキュラムとそれに使われる用語を作成することです。

 私たちは、その解答を出したと思います。

 アレックス・ローレンス氏は、8月22日から24日までバークレイ校で行われる、リーン・ローンチパッド教育者向けプログラムの講演者の一人になりました。

学んだこと
―米国企業の99.7%は小規模ビジネスです。
―「ビジネスプランの書き方」を教えることは、シリコンバレーでもメインストリートでも陳腐化しています
―ビジネスモデル・キャンバスと顧客開発を用いたリーン・ローンチパッド手法を利用することが、正しい解決方法です
―小規模企業の最終目標と事業遂行の詳細は異なります
―私たちは、変更したリーン・ローンチパッド手法を採用することで、小規模企業の事業の目標と遂行の詳細の違いに対応できます

2012年6月4日オリジナル版投稿、翻訳:山本雄洋、木村寛子)

スティーブ・ブランク
スティーブ・ブランク  シリコンバレーで8社のハイテク関連のスタートアップ企業に従事し、現在はカリフォルニア大学バークレー校やスタンフォード大学などの大学および大学院でアントレプレナーシップを教える。ここ数年は、顧客開発モデルに基づいたブログをほぼ毎週1回のペースで更新、多くの起業家やベンチャーキャピタリストの拠り所になっている。
 著書に、スタートアップ企業を構築するための「The Four Steps to the Epiphany」(邦題「アントレプレナーの教科書新規事業を成功させる4つのステップ」、2009年5月、翔泳社発行)がある。