メールが世の中に登場したとき、その便利さゆえにあっという間に全世界に普及した。従来のコミュニケーション手段である、対面での打ち合わせ、電話、FAXなどで行っていた情報交換の多くがメールに置き換えられている。現場のPM(プロジェクトマネジャー)も今やメールなしでは仕事にならないし仕事がはかどらない状況になっている。

 メールの良さは、連絡事項や報告内容を簡潔に書いてすぐにプロジェクト関係者に送ることができるという点だ。しかしこれが同時にメールの弱点でもある。特にPMはプロジェクトを進める上であとあと問題になる「やばそうなこと」を、メールで簡潔に伝えてはいけない。時として思わぬトラブルを引き起こしてしまうからだ。

メールにこだわったGさんのケース

 SIベンダーC社所属のGさんは、周りがその技術力に一目を置くITエンジニアだ。新しくスタートした自動受発注システムの開発プロジェクトでPMに抜擢されて張り切っていた。ユーザー企業の担当者もGさんの技術力の高さに信頼を寄せ、「良いシステムができそうだ」と期待していた。

 Gさん配下のプロジェクトメンバーは、SIベンダーC社のオフィスで要件定義書や設計書の作成といった開発作業を進める。ユーザー企業の担当者とは、ユーザー企業のオフィスでの打ち合わせに加えて、電話やメールで、コミュニケーションを図ることにした。

 要件定義フェーズが進んでいたある日、問題が起こった。新システムは「モバイルやスマートフォンでも利用できるようにする」という要望を満たすように開発することになっていた。ところが、その後システムで採用が決まった受発注パッケージソフトの仕様では、Android端末の一部の機種で利用できないことが分かったのだ。

 「パッケージの仕様なのだから仕方がない。Android端末の一部を利用対象外の機種にしよう」。そう思ったGさんは早速、ユーザー企業側の窓口担当者であるA課長に対してメールを送り、問題が起こったことを以下のように手早く伝えた。

A課長

このたび受発注管理パッケージ「超速オーダー」の仕様により、Android端末の一部機種で利用できないことが判明しました。そのため、今回のシステムではこれらの機種は対象外にいたします。

対象外となる機種につきましては添付ファイルをご覧ください。

G

 Gさんから受け取ったメールの文面を見るやいなや、A課長はむっとした。そもそも、A課長たちがプロジェクトの開発会社をGさん所属のSIベンダーC社に決めたのは、C社の営業担当者が「iPhoneやAndroid端末も利用可能です。大丈夫です」と言っていたからだ。「プロジェクトが始まってから、今さらこれはない」。A課長は、すぐさまGさんへの返信メールで次のように注文をつけた。

G様

下記の件、Android端末で利用できないのは承服できません。当初からの要望に含まれており、契約時に貴社の営業もできるとはっきり言っていたことです。今さらできないと言われても困ります。

採用しているパッケージソフトの仕様とのことですが、これを提案したのは貴社であり、当社としてはパッケージであろうがなかろうが関係ありません。きちんとAndroidでも利用できるようにして下さい。

A

 A課長からこのメールを受け取ったGさんはびっくりした。問題なく了承してくれると思ったからだ。すぐさま次のようなメールを返信して事情を説明した。

A課長

このたびは、Android端末の件でご迷惑をおかけしてすみません。当社の営業担当者に確認したのですが、受注時にAndroid端末でも利用できると言ったのは、一般にという意味であり、必ずしもすべての機種に対応できるという意味ではありません。

また、パッケージの開発元にも問い合わせてみたのですが、これらの機種への対応予定はないそうです。パッケージなので、当社で手を加えることもできません。

大変申し訳ありませんが、本件、有効な解決方法がないためご了承いただきたくお願いします。

G

 A課長はこのメールを見て、「Gさんは自分の立場を守ることしか考えていない」と感じ、ますます怒って返信メールを打ち返した。互いにやり取りするメールの内容は次第にエスカレートしていき、ついにA課長は「これでは話にならない。Gさんを外してリーダーを別のITエンジニアに変えてくれ」と、C社の営業担当者に要請した。

 慌てたC社の営業担当者は、すぐにGさんを連れてA課長のもとにおもむいた。心証を害してしまったことを陳謝するとともに状況を口頭で説明した。

 申し訳なさそうな顔をしながらGさんは「実は、未対応というAndroidの一部機種は、少し古い機種で今はあまり使われていないものなんです」ととつとつと説明。Gさんの様子を伺いながらそれを聞いていたA課長は「それなら特に問題ないな。それを早く言ってくれればよかったのに」と理解を示した。

 ほっとしたGさん。「私もパッケージソフトで対応できないと分かった時には、当初の要望を満たせないので申し訳ないと思いました」と、問題が分かった時のことを打ち明けた。

 「メールの文面を見た限りでは、Gさんは単に開き直って、できないと言っていると感じていた。でも実際は違っていたんだね。そういったことも最初に伝えてほしかった」。A課長はようやく顔をほころばせて納得。一件落着となった。

 「難しい問題はメールですぐに伝えようとすると、内容が簡潔になりがちになってうまく伝わらなかったり、こちらの気持ちが伝わらないことがある」。そう感じたGさんはその後、ちょっと解決が難しいという問題が発生したら、面談か電話でA課長に相談するようにした。この心がけを欠かさずに行うことで、A課長といい関係を持ちながらプロジェクトを成功裏に終わらせることができた。