今回の投稿では、スタートアップ企業がやりがちな思い違い、過ちを取り上げています。彼がこれまで繰り返し述べてきたことではありますが、9項目に整理して簡潔にまとめているので、チェックリストとして使えそうです。(ITpro)

 米国の経済誌Inc.が、私たちの近著「スタートアップ・オーナーズ・マニュアル」から抜粋して、スタートアップ企業をどのようなステップを踏んで導けばいいのか、12のシリーズで解説することになっています。Inc誌のオンライン版「Inc.com」の初回の要約では、著書から「顧客開発」のプロセスにおける最良の実践方法やヒント、やり方などをハイライトしています。これを読んだ方たちから、この記事は私のブログの読者にも役立つのではないかという指摘があったので、ここで紹介することにしました。

 あなたが始める事業が、ピザの店であっても最もホットなソフト会社であっても、以下の9項目の不備がある場合には、有害なので注意が必要です。

1.顧客が何を欲しているか理解していると思い込むこと

 何よりも最も致命的な問題は、創業者が「顧客が誰か」「彼らが何を欲しているか」「どのように顧客に販売するか」を完全に分っていると盲信することです。どんなに公平に物事を見る人であっても、企業を創業したその日に顧客は一人もいませんから、創業者がその分野の専門家でなければ、顧客が誰か、問題は何か、ビジネスモデルは何かを推測するしかありません。創業当初のスタートアップ企業とは、推測の上に打ち建てられた「信念ベース」の発案以外の何ものでもありません。

 創業者が成功するには、これらの推測を一日も早く実証するためにオフィスを離れ、顧客に自分たちの仮説が正しいかどうかをたずね、正しくない仮説はいち早く変更しなくてはなりません。

2.「私は、どんな機能が必要か分かっている」と思い込むこと

 二番目の問題ある思い込みは、一番目の不備からもたらされるものです。顧客を完全に理解していると思っている創業者は、顧客が欲しているすべての機能を知っていると思い込んでいます。

 このような創業者は、従来ながらの製品開発方法を用いて、オフィスから一歩も外に出ずに、すべての機能を備えた製品の仕様を、規定し、デザインし、開発します。しかし、顧客と直接、しかも継続的に折衝しなければ、開発している製品の機能が顧客にアピールするかどうかは、全く分からないのです。

3.発売日への執着

 伝統的に、エンジニアリングやセールス、マーケティング部門は、「製品発売日」を不動のものとして焦点を合わせます。マーケティング部門は、何かしらの「イベント」、例えば展示会、会議、ブログ投稿などに合わせて、製品を発売します。経営幹部たちは、設定された発売日とカレンダーを見比べながら、製品の発売日に合わせた“打ち上げ花火”を用意するのです。経営幹部も投資家も、発売日を遅らせるような「誤った道を選ぶ」ことは許しません。

 製品の発売日と出荷開始日は、ただ単に製品開発チームが初版の製品が“完成した”と考えた日に過ぎないのです。それは、会社が顧客を理解したことを意味しませんし、マーケティング手法や販売方法を理解したことも意味しません。しかし、ほとんどのスタートアップ企業では、完成しているいないにかかわらず、各部門のスケジュールは「出荷開始日」によって決まり、変更できません。さらに悪いのは、スタートアップ企業の投資家も、財務予測を出荷開始日に合わせて管理することです。

4.実証し、学び、繰り返すよりも遂行することに重点を置く

 既存の企業は、顧客や課題、製品に必要な機能はよく分かった上でビジネスモデルを遂行しますが、一方で、スタートアップ企業は、当初立てた仮説を実証するために“探し求める”モードで、運営されなければなりません。

 スタートアップ企業は、各実証の結果から学び、仮説を練り直し、再び実証します。それはすべて、繰り返しが可能で、拡張可能で、利益が出るビジネスモデルを探し求めるためなのです。現実には、スタートアップ企業は当初数項目の想定で始まりますが、その想定のほとんどは間違いだったと気付きます。ですから、実証されていない当初の仮説に基づき、製品やサービスの提供に焦点を置いた事業の遂行は、事業を不成功に終わらせる戦略なのです。

5.試行錯誤を許容しないビジネスプランを書くこと

 従来のビジネスプランと製品開発モデルは、大きな利点が一つだけあります。ビジネスプランは、取締役会が達成しようとしている明確に定義されたマイルストーン(道標)の方向性を、取締役会と創業者に対して明確にします。取締役会と創業者は、財務関連の進捗情況について、損益計算書、貸借対照表、キャシュフローなどのメトリックス(尺度)で把握できます。

 問題は、これらメトリックスのすべてが、あまり使いものにならないことです。なぜなら、スタートアップ企業の唯一の目的である、繰り返しが可能で、拡張可能なビジネスモデルを見つける過程の進捗状況を、これらのメトリックスは追わないからです。

6.従来の役職名とスタートアップ企業のニーズを混同する

 ほとんどのスタートアップ企業は、既存の企業の役職名を使います。しかし、これらの役職名は、熟知しているビジネスモデルを遂行している組織の任務に付随したものなのです。既存の企業で「セールス」とは、周知の製品を、周知の顧客に対して、標準のプレゼンテーション資料と価格、契約条件などで、繰り返し販売するチームのことなのです。

 これに対していわゆるスタートアップ企業では、これらの任務のどれかが少しでもあればいい方です。現実のスタートアップ企業は、こうした任務をオフィスの外に出て探し求めているのです。

 「顧客の発見」に必要とされる人たちとは、変更や混沌、失敗から学ぶことに対して柔軟で、指針がなくても、リスクがある不安定な情況下で、気楽に働ける人たちのことです。

7.セールスとマーケティング・プランの遂行

 役職名は正しくても、技能が適合しない副社長や経営幹部を雇うと、問題を起こすことになります。それは、優秀なセールスやマーケティングの人間とは、“プラン”を実行するために雇われているからです。測定可能な事業の進捗情況に慣れた会社幹部や取締役たちは、遂行活動に焦点を当てます。というのは、それが彼らの知っているやり方であり、彼らはそのために雇われていると信じているからです。もちろん、既存の企業で顧客と市場が分かっている場合には、これらに焦点を当てることは当然です。

 顧客と市場が分かっている“既存の市場”への参入を試みているスタートアップ企業であれば、それで良いかもしれません。しかし、ほとんどのスタートアップ企業の場合、製品の発売日や売上計画を基に、進捗状況を測ることは誤りです。なぜなら、顧客からの現実のフィードバックのない空虚な状態や、間違いかもしれない多量の仮定を生じさせるからです。

8.成功しているという思い込みに基づき、時期尚早に企業を拡張する

 ビジネスプラン、売上予測、製品出荷モデルなどは、スタートアップ企業が採るすべてのステップが、問題なく円滑に、次のステップに移行することを想定しています。このモデルでは、誤りや学び、繰り返し、顧客からのフィードバックを受け入れる余地がほとんどありません。

 たくさんの経験がある経営幹部でも、進捗状況のいかんにかかわらず、計画通り雇用し人員を満たすよう圧力をかけられます。これが、次のスタートアップ企業の大失敗、つまり時期早尚な拡張へと導くのです。

9.危機対応に振り回される経営は、滅亡の道をたどる

 スタートアップ企業の誤りの影響が出てくるのは、“プラン”通りに売り上げが達成できない出荷開始日までです。そのすぐ後に、セールス担当の副社長は、“問題解決”の一貫として解任されるでしょう。

 新しいセールス担当副社長が雇われると、その人は「この企業は顧客を分かっていないか、製品をどのように販売すれば良いのか分かっていない」と、早々に判断するでしょう。新しいセールス担当副社長は、売り上げ問題の“解決”のために雇われたのですから、マーケティング部門は、以前に考案されたプランすべてに問題があったと信じている、このセールス・マネジャーに対応しなければなりません。いずれにしても、そのプランによって以前のセールス担当の副社長が解雇されたわけですから、正しいですよね。

 ここには本当の問題が含まれています。顧客との最初の接触後に、生き残るビジネスプランはない、ということです。ビジネスプランの仮定はすべて、実証されていない仮説の寄せ集めなのです。現実の結果を経験したとき、賢明なスタートアップ企業は、この結果に基づいてピボットするか、ビジネスモデルを変更します。それは危機でなく、成功への道のりの一歩なのです。

2012年5月14日オリジナル版投稿、翻訳:山本雄洋、木村寛子)

スティーブ・ブランク
スティーブ・ブランク  シリコンバレーで8社のハイテク関連のスタートアップ企業に従事し、現在はカリフォルニア大学バークレー校やスタンフォード大学などの大学および大学院でアントレプレナーシップを教える。ここ数年は、顧客開発モデルに基づいたブログをほぼ毎週1回のペースで更新、多くの起業家やベンチャーキャピタリストの拠り所になっている。
 著書に、スタートアップ企業を構築するための「The Four Steps to the Epiphany」(邦題「アントレプレナーの教科書新規事業を成功させる4つのステップ」、2009年5月、翔泳社発行)がある。