PMにとって、メンバーの労務管理も重要な仕事の一つである。ここでいう労務管理とは、単なる出社・退社時間の管理ではない。メンバーの体調やその日の様子のみならず、現場に漂う微妙な雰囲気などを感じ取ることが、本当の意味での労務管理である。この労務管理が、メンバーのやる気を左右するのだ。

 では、どうすればいいのか。有効な手段の一つは、雑談である。「プロジェクトの現場で雑談するなど、たるんでいる証拠」と考えるPMがいるかもしれない。その気持ちは分からないではないが、あえて雑談が大切であると言いたい。その理由を知ってもらうために、システムインテグレータL社のPMであるIさんの事例を紹介しよう。

若手メンバー同士の雑談が気になる

 Iさんは40歳となった数年前からPMを任されるようになった。Iさんの性格は、すべてにおいて厳格であること。勤務時間中は仕事に集中するのは当たり前だと考えていた。当然、勤務時間中の雑談などもってのほかである。そんなIさんの性格が、あるプロジェクトで災いした。

 そのプロジェクトは決して大規模ではなかったが、技術的な難易度は少々高めだった。開発チームは、L社の若手エンジニア5人と協力会社の中堅エンジニア4人の合計9人で構成されていた。Iさんは、まだ一緒に仕事をしたことがない5人の若手エンジニアに多少不安を覚え、しっかりコントロールしなくてはいけないと考えた。

 プロジェクトがスタートした直後から、Iさんにとって看過できない事態が起こった。若手メンバー同士が勤務中に時折、雑談するようになったのだ。雑談といっても、仕事の生産性に支障が出るようなものではなかった。ちょっとした仕事の合間に行う程度の雑談であり、現場によい雰囲気を作り出していた。そのため、次第に協力会社の中堅メンバーも雑談をするようになっていった。

 その様子を見ていたIさんの心中は穏やかではなかった。ただでさえ技術的難易度の高いプロジェクトである。「雑談をしている暇があったら、課題の一つでも検討しろ」と怒鳴りつけたい気持ちだった。それでも、スタート直後からメンバーとの関係を悪くすることを危惧し、自重して2~3日は様子を見ることにした。

 そんなとき事件が起きた。こともあろうか、若手エンジニアのMさんが、Iさんに対して、雑談の輪に加わるように誘ってきたのだ。とうとうIさんの堪忍袋の緒が切れた。大声でMさんを怒鳴った上で、メンバー全員に勤務時間中は雑談を一切禁止すると宣言した。それ以来、現場の雰囲気はピリピリするようになった。メンバー同士で仕事に関する話をしているときに、笑顔がこぼれようものなら、たちまちIさんの厳しい視線が向けられるようになったのである。

 雑談は一切ない。笑い声もない。静寂で重苦しい現場──。Iさんは、こんな雰囲気になったことを問題だと思わなかった。それどころか、雑談がないことに「本来こうあるべきだ」と気をよくしていた。

 このような状況になっても、しばらくは仕事が終わった後にメンバー同士で飲みに行き不満などを話し合っていた。しかしプロジェクトが佳境に入り、夜遅くまで仕事をするようになると、飲みに行く機会を持てなくなった。そのころから、メンバーのやる気の低下が顕著になっていった。仕事のミスが頻発し、それをIさんが容赦なく叱責したので、ますます雰囲気は悪くなった。

 そして雑談禁止から半年ほど経ったとき、若手メンバーのWさんが体調を崩し、数日会社を休みたいと伝えてきた。Iさんは「自分で体調管理もできないのか」とあきれる思いだった。そしてWさんが出社してきたとき、こう言い放った。「体調管理は社会人としての基本だろう。1日も早く体調を元に戻して、100%の力で仕事をしなさい」。Wさんは、すっかりやる気を失い、次の日から会社に来なくなってしまった。