「システム開発の提案を頼んだ覚えはないですよ」

 システム開発についての相談を受け、その要件を確認するための調査プロジェクトの一環で、経営層に経営上の課題などを聞いているうち、冒頭のような発言が出ることがある。IT技術者からすれば前提がなくなってしまうわけで、愕然としてしまう。

 システム開発の提案は金額が大きくなることが多いので、顧客企業の経営層の意思決定が必要になることが多い。今回は、会社の上層部の視点を考慮しなければならない時に気をつけるポイントを紹介し、IT技術者がこれまで書いてきたドキュメントと提案書の違いについて説明したい。

目的と手段はいとも簡単に混同する

 システム開発プロジェクトを進める際、よく見かける基本的な心がけとして、「目的を手段と混同しないこと」がある。全くその通りなのだが、簡単なことではない。「何のために何をするのか」というのが目的と手段の関係である。そんな当たり前のことは誰でもできると思っていると落とし穴にはまってしまう。

 目的と手段は、実際にはいとも簡単に混同し、混乱する。特に会社組織のように、さまざまなレベルの責務を持つ人がいる中で話を進めるときには混同するのがむしろ普通だ。

 このことを説明するために、少々長くなるが冒頭で想定している具体例をもう少し詳しく見ていくことにする。

 この話は、社会人向け教育サービスを行っている会社から相談を受けたことが始まりである。当初の相談内容は、Web教育システムの機能強化についてだった。全員に同じ内容を提供しているが、学習者に合わせて提供内容を変えるパーソナライズ機能を提供したいというのがその趣旨である。

 話を聞いたところパーソナライズの要件が不明確なので、現在のWebシステムを詳しく調べる調査プロジェクトを開始した。そのシステムは最初のうちはアクセスがあるものの、すぐに使われなくなるところに課題があった。つまり、目的はシステムでの受講を継続してもらうことで、その手段としてパーソナライズを検討しているという話であった。ここまでなら、普通のシステム開発の話だ。

 ところが、経営層のマネジャーに話を聞くと、その会社の事業は教室での学習が中心で、試験の合格率を上げることを経営上の目的としていることが分かってきた。授業の進度が早いために脱落して途中退会してしまう人が少なからずいて、そうした人を減らすために教室外で補講の授業を受けられるようにした。それがWebシステム導入の目的だというのである。

 だとすると、Webシステムにパーソナライズ機能を入れて退会者を減らすことができるのだろうかという疑問が生じる。ヒアリングを進めていくと、複数ある教室の中で、退会率の高い教室と低い教室があることが分かってきた。そこで、退会率の低い教室には、他の教室とどういう違いがあるかを調べ、それを他に展開することを検討すべきという議論になっていった。

 以上の経緯から、先行調査プロジェクトでは、この先、退会率の低い教室のスタッフにヒアリング調査を行う。だが、最初に相談を受けたシステム開発の件はどうなるのだろうか。その質問への答えが、冒頭に挙げたコメントだ。もし、システム開発会社が後の開発につながることを見越してこの調査を無償で実施していたのなら目も当てられない。