「突然ひらめいた」。多くの発明家や起業家は、自身の発明品や新事業を振り返ってこう言います。ブランク氏は、そのひらめき(エピファニー)は偶然起こるものではなく、その人に十分なデータの蓄積があり、そのデータの背景にあるパターンが見えたときに起こる現象だと分析しています。エピファニーを意図的に起こすことは難しいですが、それが起こりやすくなるような環境は作れるというのは氏の主張です。(ITpro)

 私たちがアントレプレナーにどのように教えるか。すなわち、ビジネスモデルをどのように考え、顧客開発を使って仮説を現実のものにするかという方法を、今では理解しています。しかし、どのように「エピファニー」(一瞬のひらめき、啓示、洞察の訪れ)を起こさせるかを、教えるプロセスはありません。私たちができるのは、そのような現象が起こり得る条件を整えることです。

すべてが一瞬でひらめいた

 NFS(全米科学財団)との共同プロジェクト(I-Corps)の最初のクラスにいたCEOの一人のルイスが、次のクラスで講演するためにやってきました。クラスの合間の数分ほど、彼の会社の状況を話す時間があったので、彼のスタートアップ企業がどうなっているのか聞いたところ、なぜか会話は気まずくなりました。

 「少し言いにくいのですが、私たちは今までのビジネス・アイデアのすべてを捨て、別のことを始めることにしました」。彼は、私から目線をそらしながら言いました。「あなたのチームは、顧客からのフィードバックを分析して、ピボットしたのですか?」と、私はコーヒーを手に取りながら言いました。彼は居心地悪そうに「いいえ、シャワーと浴びているとき、私たちのナノテクノロジー技術は、全く別の用途に使われるべきだと気が付いたんです。私は、ビジネスモデルの2~3項目を変えたのではなく、すべてを変えたのです」

 ルイスが次のように続けたので、私は少なからず驚きました。「突然ひらめくまで、私は『顧客開発』と『スタートアップ・オーナーズ・マニュアル』(訳者注:それぞれ、ブランク氏によるスタートアップ向けの基本理論と最新著書)に従ってきたので、申し訳ないような気持ちです。でも、あなたの本の中には、私が突然にひらめいたときにどのように対処するべきかは、書かれていませんでした。 その一瞬で、新しいビジネスモデルの全貌が、私の頭の中に見えたのです。シャワーを浴びていたときにひらめいたことを、私は会社で遂行させようとしています。私の中では、正しいかどうか混乱しているところもありますが、それがほとんど正しいことだと、いまだかつてなかったほど確信しています。ただし、あなたの本にも、だれの本にも、このことは書かれていないのです」

 彼が何を話しているかが分かったので、ルイスを会議室から静かな廊下に連れ出してたずねました。「ルイス、今までにこんなことが起こったことはありましたか?」。彼は「そうですね、いや、私たちのスタートアップ企業ではありませんでした。私にとっては初めてのことでした」と答えたので、私は「そうではなく、研究所ではどうでしたか。かつてすべてがひらめいたような感覚を経験したことはありましたか?」とたずねました。

 彼は遠くを見つめながら少し考え、「そうですね、そのように考えたことはありませんでしたが、確かにありました。シャワーのひらめきは、私が5年前に論文を書いていたときに起こったことに、良く似ています。当時の私は、2年以上、データを分析するのに苦しんでいました。ある週末に、頭をすっきりさせるため、海岸へ散歩に行きました。そこでひらめき、そのおかげでフェローシップ(特別研究員の資格)を授与されることになったのです。そのひらめきの後、6カ月間データを分析し、寝食を忘れる程働きました。そのかいがあって、私の論文は、その年の最優秀賞を獲得しました」

 私は彼の説明の真意が分かり、平静を装おうとしました。「ルイス、よく注意して私の話を聞いて下さい。あなたに“エピファニー”が起こったのです。もしあなたが幸運なら、あなたの将来にさらに2~3回起こるかもしれません。エピファニーはごくまれにしか起こりません。それはとても重要で、耳を傾ける必要があります。

 エピファニーは、偶然に起こったのではありません。あなたが、頭脳の片方に膨大な量のデータを集めていたからなのです。そして頭脳の反対側が、そのデータの中にあるパターンを見つけ出したのです。エピファニーが常に正しいかどうかはだれにも分りませんが、それに従った人たちは、裕福になるか有名になるか、あるいは両方になることが多々あります」

エピファニーとは知見

 何千年もの間、あらゆる文化には、ルイスに起こったことを言い表す言葉がありました。悟りの閃光、エピファニー、戦略的直観、天啓などです。エピファニーとは、私たちが常日ごろ問題解決している方法と異なる問題解決方法なのです。それは、あなたが意識的に問題を解決しようと思っていないときに、複雑な問題を解決する全貌を見ることです。それは、即答でもすばやい応答でもありません。芸術、科学、ビジネスなどほとんどすべての分野で“アイデアがひらめいた”という話を、私たちは聞きます。

 私の顧客開発の方法論も、私が回顧録を書いているときに起こったエピファニーの結果です。回顧録を80ページ書き終わったとき、過去に起こった興味深い事象の背後に存在するパターンに、深い意味があると突然気づいたのです。数年後に書いた「スタートアップ・オーナーズ・マニュアル」の主なアイデアも、私には同様に起こったのです。スタートアップ企業とは、ビジネスモデルを探し求めることであり、ビジネスモデル・キャンバスが、「顧客開発」を体系化する理論だと分かりました。すべてのひらめきは、十分に形作られて現れたのです。

エピファニーに備えて

 私たちはエピファニーを説明できますが、それを教えることもそれを起こすこともできません。しかし、それを起こすための状況を作る方法については分かっています。

 まず、多くの人たちと交流すること。しかも、その人たちがあなたと違って、より異なったアイデアや、異なった見解を持っていることが好ましい。顧客開発のプロセスで、オフィスの外に出ることは、正にそれを実行することなのです。

 次に、あなたの今の問題を真正面から取り組むことです。顧客開発では、ビジネスモデルの一連の仮説を構築し、顧客発見の過程でその仮説を実証するのです。その過程であなたは、膨大なデータを集めて分析し、事業をどの方向に導けばよいのか、混沌の中で決めようと試みます。

 これから説明することは、直観と相反する方法かもしれませんが、定期的に1時間とか丸1日、普段とは全く違うことをしましょう。散歩したり、ドライブしたり、街を歩いたりしましょう。映画、テレビ、メール、インターネットなど夢中になることは避けましょう。すべてをやめる代わりにリラックスし、問題解決のために働く脳の一方を休めましょう。そして、パターン認識をする脳の反対側を働かせましょう。

 アントレプレナーにとっては、スローダウンし、猛烈なペースから距離を置いて“薔薇の香りをかぐ”のは、難しいことでしょう。しかし、左脳が学んだことを右脳が処理できるような時間を作ることにより、こうした時間がなければ決して起こらなかったひらめきがもたらされるのです。意図的にエピファニーを起こすことはできませんが、それが起こった時には、まさにこれだと分かるのです。

 目がくらむような、まばゆい閃光で満たされるからです。

学んだこと
―エピファニーは、突然に「天啓が与えられる」あるいは「悟った」瞬間のことです
―エピファニーは計画することも、起こる時期を指定することもできません
―エピファニーを起こすには、複数の情報源から継続的に得られるデータが必要です
―エピファニーは、パターンを認識した瞬間に起こります
―エピファニーは、他の産業とか他の分野のパターンから得られることがあります
―エピファニーは、遂行することを止めたときに起こります

2012年4月3日オリジナル版投稿、翻訳:山本雄洋、木村寛子)

スティーブ・ブランク
スティーブ・ブランク  シリコンバレーで8社のハイテク関連のスタートアップ企業に従事し、現在はカリフォルニア大学バークレー校やスタンフォード大学などの大学および大学院でアントレプレナーシップを教える。ここ数年は、顧客開発モデルに基づいたブログをほぼ毎週1回のペースで更新、多くの起業家やベンチャーキャピタリストの拠り所になっている。
 著書に、スタートアップ企業を構築するための「The Four Steps to the Epiphany」(邦題「アントレプレナーの教科書新規事業を成功させる4つのステップ」、2009年5月、翔泳社発行)がある。