タイでは2011年10月から洪水災害が深刻化し、2カ月もの間、被害の拡大が続いた。その影響はタイ国内だけでなく世界各国に及んだ。世界銀行によれば、経済的な損失額は3.6兆円にも及ぶという。これは自然災害としては東日本大震災、阪神大震災、ハリケーン・カトリーナに次ぐ史上4位の規模だという。

 タイでは毎年、雨期には大なり小なりの洪水が起こる。しかし昨年は、例年の約1.5倍の雨量が記録され、これが50年に1度と言われる大洪水を発生させた。

 洪水の氾らん源となったバンコク北部のチャオプラヤ川周辺の広大な湿地帯には、古くから工業団地が造成されている。ロジャナ、ハイテク、ナワナコーンといった同地域の7工業団地では、防水堤を超えて次々と浸水した。これらの工業団地には、自動車メーカーや自動車部品メーカー、電気電子機器メーカーなどの製造業者が集積している。そのうち約半数程度に上る約450社が日系企業だ。

サプライチェーンの要として復興

 これら地域の企業が、浸水によって被災したのは当然だが、災害とは直接関係なかった世界各国の企業でも操業停止や生産量の調整といった影響が及んだ。タイの工業地帯が、グローバルなサプライチェーンの重要な拠点として組み込まれていることを表している。一例を挙げれば、世界に供給されるハードディスクの3~4割がタイで生産されている。このため世界中のパソコンの品薄、価格上昇につながった。

 これほど甚大な被害に遭うと、さすがにタイから出て行く企業が増えるのではないかと危惧したが、大半はタイに残るようだ。バンコク中心に既に形成されている大規模工業地帯は、災害のリスクを踏まえても、サプライチェーンの中心として利用価値があるのだと推測される。

50年に1度の大洪水で見えたタイの重要性と脆弱性

 現在、国を挙げて治水事業や洪水対策を進めてはいるものの、今後は各企業も自衛手段を検討する必要に迫られている。

 IT関連で言えば、いざというときに生産関連のプログラムやデータ、経営システム全体と結びついた経理や人事のデータを安全な場所に移し、本社や取引相手などとの通信を確保できるかが、重要になる。

 当社は昨年、被災時に対する緊急支援として、機器の搬出や、仮オフィスの提供、データセンターでの情報システムや通信環境の立ち上げといったサポートをしてきた。今後は情報システムの再構築に当たって、BCP(事業継続計画)を考慮したデータセンターの活用などを提案していきたい。こうした活動が、半世紀以前から交流がある日タイ間の結びつきをさらに強める一助になればと思っている。

佐々木 康宏(ささき やすひろ)
KDDI Thailand Ltd.社長。洪水被害が広がり始めた2011年10月に着任。これまでグローバルICTサービスに携わる。海外駐在はシンガポールに続いて2度目。あわただしい日々が続いた。一段落した今、週末の過ごし方を練っている。棒振りにいくか、寺院遺跡めぐりするか、やっぱりうちでのんびりするか。すっかり、出不精になってしまったようだ。