スマートグリッドの議論が始まったときの最初の焦点は、電力会社にとっては、電力需要情報や消費情報を的確につかむことだった。消費者にとっては、自分たちの消費情報を正確に入手し、それに対応することが出来るようになることだった。それまで電力会社は、過去のデータや祝祭日、1日の時間帯、天候や季節を基に電力需要情報を予測して、必要な供給量を確保して需要と供給のバランスを保ってきた(関連記事)。

 しかし、スマートメーターを介して需要情報がリアルタイムで入手できれば、その情報を基に電力会社は必要量の電力を確保し提供できるようになる。消費者は不必要な消費を避け、電力需要の大きい時間帯を避け、料金の安いときに使用するなど効率良く電力消費を行うことができるようになる。

 図1は電力の流れを論理的に示したものである。

図1●電力の流れ
図1●電力の流れ
発電所で発電した電気を送電用変電所で高電圧に変換、送電網を介して配電用変電所で低電圧に変換し、配電網を通じて消費者に提供される。この中で、配電網の監視が軽視されてきた。

 米国の電力会社はこれまで送電網に関しては監視の機能を実装してきており、変電所までは到達していた。しかし、消費者と電力会社が情報回線で接続されないと正確な電力消費や需要情報は入手できない。そのための第一歩がスマートメーターだった。これは、ケーブルテレビの回線やADSLが普及して消費者がインターネットにブロードバンドで接続されるまで(ラストマイルの問題)インターネットの発展がなかなか進まなかったのと似ている。電力会社の場合、電線を介した情報ネットワークである電力線搬送通信を自前で運用できるはずだが、米国でも日本でも電線からの通信に対する干渉などの問題が指摘されており、これはあまり行われていない。

 家庭内での電力消費という問題は一般消費者にとっても身近なため、メディアも積極的に報道し、家電メーカーやITベンダーなどが家庭内の電力消費モニターの分野に進出した。もっとも、電力消費モニターの機能は電力の消費量を計測して表示するという比較的簡単なもので、差別化するのは困難である。あるスマートグリッドのカンファレンスでは、インテルの投資部門の担当者が「この分野には投資しない」と明言していた。市場規模もさることながら、差別化が困難で成功したとしてもあまり大きなリターンが考えられないからというのが、その理由だった。

 また、スマートメーター(筆者の家のスマートメーターのビデオ)は画期的なアイデアとして当初もてはやされた。マイクロソフトとグーグルはこの分野に進出して製品を提供した。この波に乗って、カリフォルニア州最大で北部および中部カリフォルニアに電力とガスを提供するPG&E(筆者も電力とガスのサービスを受ける)はスマートメーターの設置を進めた(現在筆者の電力とガスメーターは双方ともスマートメーターとなっている、関連記事)。

 だが、PG&Eは自社にとってスマートメーターは検針員による検針の廃止やリアルタイムでの電力需要の情報確保など利益を受けることは自明だが、なぜ消費者にとっても利益になるのか、誰がその経費を払うのか、スマートメーターは正確に使用量を計測することができるのか、スマートメーターによる無線通信は人体にとって安全であるのかなどの基本的情報を十分に報知しなかった。スマートメーターの設置はそれぞれの消費者にとって形の上では無料だが、メーターにかかる経費は設置費も含め電気料金に上乗せされる(日本同様、米国の電力会社は総括原価方式を採用している)。さらに、スマートメーター設置後に電気料金が何倍にも跳ね上がったとか、スマートメーターが使用量の送信の際に使う無線が健康に良くないとか、いろいろな問題が取り沙汰された。こういった問題はメディアも何回も報じ、カンファレンスでも何度も取り上げられた。消費者からの反応があまり良くなかったことも手伝って、マイクロソフトとグーグルは発表した製品を撤回してしまった。