カリフォルニアでは、平日夜遅くまで開いているデパートは少ない。週末のスーパーでの買い物も車でないと行けないほど遠いといった不便さもあり、自宅で気軽に買い物ができるAmazon.comをよく利用するようになった。商品を見始めたら、次から次へと買いたいものが出てきて、気がつけば米国に赴任してからのこの3年間で、スポーツ用品、家電、お菓子からアプリケーションまで、Amazonで買ったものが、私の身の回りにはあふれている。

 なぜ一度Amazonを始めると止まらないのか。その鍵はやはり、巧みなレコメンド機能にあるだろう。商品の購入履歴だけでなく、閲覧履歴を分析し、消費者にとってちょうど良いタイミングでおすすめ(レコメンド)をされるので、ついつい買いたいという気持ちにさせられる。AmazonがGoogleやFacebookと並ぶ米国の巨大企業に成長した理由の一つに、このレコメンド機能の存在があるだろう。

 Amazonは代表的な例だが、米国では数々の企業がユーザーデータという「ビッグデータ」を活用したビジネスに取り組んでいる。従来、ユーザーデータと言えば、購買履歴や氏名、年齢といった属性情報が主体であった。最近では、ソーシャルメディアで発信された情報や位置情報などネット上やあるいはリアルな生活の場における人々の行動を記録したものが含まれる。

 ビッグデータを活用する企業の動きの背景には、スマートフォンを始めとした数々のコンシューマーデバイスがユーザーデータを発するセンサーとしての役割を果たすようになったことや、FacebookやTwitterといったソーシャルメディアの流行により、ユーザーが自分の嗜好や趣味といったデータを自らインターネット上に出すようになり、データを集めやすくなったことが挙げられる。さらにはコンピュータやストレージの高機能化・低価格化により、集めた大量のデータを安価にため込み、実用に耐えうるスピードで解析ができるようになったことも挙げられるだろう。

 米国では身近な企業がビッグデータを活用し始めている。Walmart系列の生活雑貨小売店「Sam's Club」では、顧客ごとに異なるクーポンを店舗内のキオスク端末で発行し、店舗への来店を促している。顧客の購入履歴などに基づいて、その顧客が買いたいと思われる商品を分析し、その商品のクーポンを発行する。それによって購買意欲を刺激するのである。

 オンラインでの商品購入が増えるのに伴い、小売店は「ショールーム化(見るだけ)」の傾向が強まっていると言われる。小売店舗での売り上げをいかに確保するか、またショールームとしてのワクワク感を顧客にいかに提供できるかが企業戦略上重要となっている。顧客ごとに異なるクーポンを発行するという取り組みはその戦略を推進するものであり、顧客からも好評ということだ。

 ソーシャルモバイルゲームを運営する「Zynga」では、ゲーム中のユーザーの動きを分析し、遊びやすさに問題が無いかをリアルタイムで監視している。次期バージョンの機能追加に役立てるためだ。Zyngaが米国で最も有名なソーシャルゲーム企業の一つに成長した背景には、こうしたビッグデータの活用がある。

 モバイルキャリア「U.S. Cellular」では、従来より保有している顧客の通話履歴や通話時間などの情報の分析を始めた。顧客のソーシャルグラフ(人間関係を図解したもの)を作成し、ソーシャルグラフ内で影響力を持つ人を特定する。ソーシャルメディア上で公開されているその人の発言などを分析・モニタリングすることによって、顧客のニーズに即したキャンペーンやカスタマーサポートなどの対応を行っている。今のところ米国ではこうした取り組みは顧客のプライバシー問題にはなっておらず、企業にとっては顧客の離反防止に効果を挙げている。

 これらの事例は、ICTが消費生活全般へ広く普及したことで新たに生まれた膨大なユーザーデータを、コンシューマービジネスに活用したものだ。このようなビッグデータはため込むだけでは意味がなく、かつ解析の仕方が企業戦略にそぐわなければその価値は生まれない。日本企業と比べ、米国企業は昔からデータ分析が活発で、企業の中にデータを分析し活用するための専門人材を持っていることが多い。それがビッグデータを活用したビジネスの成功を後押ししているのだろう。日本企業がビッグデータの活用でビジネス成功を収めるためには、データ収集機能と分析基盤の整備はもちろんだが、経営課題に沿ったデータ活用戦略を立案するスキルを身に付けることが大切だ。

標 千枝(しめぎ ちえ)
NTTコムウェア サービス事業本部 サービスプロバイダ部 SmartCloudビジネスユニット(4月まで同社 カリフォルニア事務所に勤務)
NTTコムウェア ビジネスインテグレーション部 米国支店 標 千枝2004年入社、入社よりサービス事業本部にてデータセンターサービスの提案、設計、保守、運用業務に携わる。2009年7月より米国支店にて米国最新ビジネス、ソリューション調査とビジネス企画に携わる。趣味はスポーツ全般で、最近はカリフォルニアの自然を身近に感じられるスポーツとして、ロードバイクを始めた。