マブチモーターは国内に工場を持たない。1980年代半ばには海外での100%生産体制を確立している。国内の製造業ではある意味、究極の形といえるだろう。ここ数年は中国からベトナムへの生産シフトを加速し、ベトナムでの生産比率はこの3年で2割から4割に高まった。
海外拠点の間でどう技能伝承を進めているのか。鍵はマブチモーターが持つ“共通言語”にある。
それは生産設備の保全技術だ。生産現場の従業員が自社製設備の保全を徹底して学ぶことで、技術力を保つ。最近は、ベトナム人への伝承の講師を中国人社員が務めるケースも出始めている。
マブチモーターが小型モーターで長くトップを走っているのは、製造設備まで自社生産する経営ノウハウにある。低コスト・高品質・大量生産を続ける秘術ともいえ、これを全従業員が習得することが欠かせない。
ベトナム・ホーチミン市中心部から車で約1時間。ここにマブチモーターの主力生産拠点であるベトナムマブチがある。その工場内の一室に目を向けると、十数人の社員が生産設備の分解・組み立てを繰り返している。
ここには「設備保全課」の社員が集い、1年で約1000台の設備をひたすら分解し、組み立てる。設備の構造を理解するための刷り込み教育の場として機能しているのだ。同課にいる社員は各職場から1カ月ほど離れ、設備の分解・組み立てに没頭する。
「設備保全課では社員に設備の構造を理解させるとともに、生産設備の保守・点検もやってもらう。一石二鳥の組織だ」。ベトナムマブチの北橋昭彦取締役社長は胸を張る。
ベトナムマブチでは人手から機械へのシフトを進めており、設備は担当者が自ら設計する。ベトナムでの生産比率は年々高まっているが、設備刷新による生産性向上の成果で、社員数はほとんど増えていない。
「夢看板」を食堂前に掲げる
こうして秘伝を知る従業員を育てるが、離職率が高ければ、効果は薄くなる。そこで社員の定着を促すため、ベトナムマブチでは、会社や組織の目標を「夢看板」という形で、社員の目に付く食堂前などに掲げる。例えば、北橋社長は「地域に喜ばれる会社にする」「なくてはならない会社にする」という言葉を夢看板に記している。それを従業員と語り合う。また目標達成のために約400の研修講座を取りそろえて、従業員の奮起を促す。
北橋社長はベトナムだけでなく中国でのマネジメント経験もある。そこから「外国人従業員には分かりやすく明確に目標を示すことが大切。そのために様々なノウハウを確立してきた」と言う。ベトナムでの順調な生産拡大も、中国での経験があってこそ。海外経験豊富なベテランが外国間の伝承を支える。
社長から従業員まで誰でも、自分が会社を支えている部分を実感するのはうれしいもの。技能伝承を通して、その誇りを高めている。