コンプライアンス(法令順守)や渉外のノウハウをどう伝えるか。しかも相手が中国の従業員となればそれは一層難しい。そんな間接業務の伝承をしているのが工業用パッキン国内最大手の日本バルカー工業だ。

 その手法は一見すると変わっている。日本バルカー工業には企業理念と行動指針を定めた「THE VALQUA WAY(ザ・バルカー・ウェイ)」がある。内容は、「社会の発展のために」や「独創的技術で」など4つの理念と、「人格と個性の尊重」や「コンプライアンス遵守と誠実な行動」「資産の保全と有効活用」などといった10の行動指針から成る。

 この概念を日本本社はもちろん、生産・販売拠点があるアジア各国などすべての海外法人に英訳して広めている。また瀧澤利一代表取締役社長兼CEO(最高経営責任者)が自ら中国などの拠点に乗り込んで従業員と長時間、理念について語りあったりもする。

 「経営理念をしっかり理解してもらい、全社員が同じ方向を向いて行動することが大切」と日本バルカー工業の舘野康彦管理本部人材開発センターセンター長は取り組みの意義を語る。この言葉にこそ、同社の技能伝承の鍵がある。

行動指針を定め、それをどう業務で体現しているかを毎年発表させている
行動指針を定め、それをどう業務で体現しているかを毎年発表させている
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 日本バルカー工業は2009年から、バルカー・ウェイを業務でどう体現しているかを発表する「マイ・バルカー・ウェイ」を開催している。米国や中国、東南アジアなど7ブロックの予選会を勝ち抜いた社員がバルカーの人材開発の施設である「M・R・Tセンター」(東京都町田市)での本選に出場できる。

 第1回の優勝者は当時28歳だったバルカー(上海)貿易の劉佰波高級助理。発表内容はコンプライアンスに関するものだった。

第1回の優勝者であるバルカー(上海)貿易の劉佰波高級助理
第1回の優勝者であるバルカー(上海)貿易の劉佰波高級助理

 内容はこうだ。ある中国人社員が退職する際に保険の支払いで会社側とトラブルが発生した。ともすれば辞める社員の要求通りにお金を支払って早期の解決を望みがちだが、そうはせずに裁判にまで持ち込んで勝利した。理由が明確でないままお金を支払って早期の幕引きを図れば、行動指針の1つである「コンプライアンス遵守と誠実な行動」に反すると考えたからだ。

 中国に常駐する小林健一常務執行役員機能樹脂事業部長は「中国人社員も理念に立ち返って仕事ができるようになっている」と語る。輸出入の業務においても、かつては早く製品を得たいがために手続きを省こうとする傾向が見られたが、今では渉外実務を重視して、通関の手順確認や書類整備に細心の注意を払うようになった。これも理念に沿って働くためだ。

 2011年に開いた大会では1位と2位を韓国人社員が占めるまでに海外に理念は浸透している。「外国人社員は日本人にも大きな影響を与えるほど高いモチベーションと情熱がある」(舘野センター長)。