有限責任 あずさ監査法人
金融事業部
シニアマネジャー 公認会計士
山中 栄子

 本連載は、日本企業がIFRS(国際会計基準)を導入する際の留意点からIFRSによるインパクト全般までを主要な業種別に見ていくことを目的としている。前回は金融業におけるIFRS導入の留意点のうち、「金融商品の分類および測定」に関するポイントを説明した。連載の最終回となる今回は、新しい連結基準の適用による金融業への影響を取り上げる。

 2011年5月に国際会計基準審議会(IASB)はIFRS第10号「連結財務諸表」を公表した。IFRS第10号は、「支配」概念に基づくIAS第27号と、「リスク及び経済価値」概念に基づくSIC(旧解釈指針委員会)解釈指針第12号を統合し、連結の要否を判定するための単一の支配モデルを提供する基準である。

 以下では、金融機関にIFRS第10号を適用する際に想定される主な論点と、新しい連結基準の適用が金融機関の財務報告や業務プロセス・ITシステムに与える影響について解説する。なお、IFRS第10号の概要は、本連載の第8回「不動産業におけるIFRS導入の留意点」でも取り上げているので、併せてご参照頂きたい。

連結範囲を定める「支配」の判断に関する5つの論点

 IFRS第10号では、被投資企業の活動に対する意思決定権限(パワー)があり、リターンの変動性にさらされており、かつパワーを通じてリターンに影響を与える能力を持っている場合(リンク)に、投資企業は被投資企業を「支配」しているとされる。

 この支配モデルでは、「すべての事実と状況」を分析し、支配の有無に関する結論を導き出すために判断が必要となる。例えばSPE(特別目的事業体)の連結について、旧連結基準の下では「(議決権の)過半」という指標を示していたが、IFRS第10号ではこのような基準値が削除されており、総合的な実態判断が要求される。

 金融機関はSPEを使用したスキームの組成に関与し、場合によっては継続的にそのスキームの意思決定に関与することがある。また、SPEを使用したスキームの場合には、意思決定とそのリターンの享受が必ずしも一致しないパターンが多いため判断が難しい。以下では、金融機関で議論になり得る主な5つの論点について解説する(図1の【1】~【5】)。

図1●IFRS第10号に基づく被投資企業に対する支配の有無を判定するための分析
図1●IFRS第10号に基づく被投資企業に対する支配の有無を判定するための分析
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【1】関連する活動

 IFRS第10号では支配の有無を把握するにあたって、まず被投資企業から生じるリターンに重要な影響を与える活動(=関連する活動)を識別することが要求される。様々な営業活動や財務活動がリターンに重要な影響を及ぼしているような場合には、営業上および資本上の根幹的な意思決定や経営幹部の決定が重要な意思決定であり、通常は議決権により決定される。

 一方、SPEを利用したスキームのように、活動内容があらかじめほぼ決定している場合や、活動の内容によって意思決定者が異なる場合、あるいは持ち分割合と意思決定権限が必ずしも比例的ではない場合には、関連する活動の識別が難しく、加えて識別された活動ごとに異なる意思決定者がパワーを持つと判定されるため、重要な意味合いを持つことがある。

 例えば不動産投資で、投資対象物件の選定、日常の管理業務、対象物件売却時の意思決定者がそれぞれ異なるようなケースでは、いずれが関連する活動かを事実と状況に基づいて判断する必要がある。

【2】潜在的議決権の取り扱い

 支配の評価にあたっては、新株引受権などの潜在的議決権についても、実体的権利であるか否かを判断することが要求される。このとき、自己が保有する潜在的議決権だけでなく、他者が保有する潜在的議決権についても考慮しなければならない。金融機関では、新株引受権のほか、普通株式に転換可能な優先株式などを保有することもあり、判断が必要となる。