1200近いテクノロジー企業が集まるロンドンの「Tech City」。このTech Cityで特徴的なのは、デザイン面に力を入れているスタートアップ企業が目立つことだ。使いやすい製品やサービスを設計し、いかにユーザーの感性に訴えられるか。独自のアイデアで他社との違いを出している、そうした企業を紹介する。

デジタルデザイン専門のスタジオ「ustwo」

 「ustwo」は、デジタルデザインのスタジオである。2004年の設立で現在は104人の従業員が働いてる。前回の記事で紹介したMind Candy社と同じTea Buildingにオフィスがある、Tech Cityの中では比較的古参で規模の大きな企業である。

 ustwoでは、いろいろな企業の製品やサービスに関するユーザーインタフェース(UI)およびユーザーの操作性に関するデザインの仕事をしている。たとえば、2005年からソニー・エリクソンの公式デザインパートナーとしてXPERIAのユーザーインタフェース部品のコンセプトの開発に協力しているほか、ソニーのホームエンターテインメントやモバイルの製品に関してもユーザーインタフェースの設計に携わっている。

 それ以外に、ヴァージンメディアやBBC、チャンネル4といったメディア会社の番組ガイドやプレイヤー、金融機関であるJ.P.Morganの電子取引システム、ファッションブランドH&MのiPhone/iPad/Androidアプリなどについても、ユーザーインタフェース設計を担当している。このように、幅広い分野の会社が“デジタル”関連の製品やサービスを提供する際に、ユーザーエクスペリエンス(UX)と呼ばれるユーザーが操作する部分全般について設計やアドバイスをするのがustwoだ。

ユーザーニーズからボトムアップで設計

写真1●ustwoで新ビジネスの開発をしているJulian Ehrhardt氏
写真1●ustwoで新ビジネスの開発をしているJulian Ehrhardt氏
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 ustwoにおけるUXデザインの特徴は、コンセプトからトップダウン型でやるのではなく、ユーザーニーズからボトムアップ型で作っていくこと。まずビジネスの目的やエンドユーザーのニーズを調べ、顧客と一緒にデザインするという。それから、実際の顧客を使って、製品のテストをする。それにより、「成功率が高くなる」(ustwoのJulian Ehrhardt氏、写真1)という。

 具体的にはまず、定数的な情報だけでなく、定量的な情報も含めてユーザビリティを調査する。このときに、事実だけでなく行動様式も集める。「UXのアプローチはビヘイビアやモチベーションを知ることが重要」(Ehrhardt氏)だからだ。

写真2●ustwoでインタラクティブデザインの仕事をしている中村麻由氏
写真2●ustwoでインタラクティブデザインの仕事をしている中村麻由氏
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 たとえば、「どういうのが欲しいですか」という質問ではなく、「請求書はどういう風に支払っているか」とか「友達にお金を送るときはどうしているのか」「いつも現金を持ち歩いているのか」といった行動に関する質問をする。こうすることで、ユーザーが何を望んでいるのかではなく、ユーザーがどう行動するのかがわかる。「ユーザーのいうことは必ずしもユーザーが望むものを反映しない。ユーザーがどんな状況でどうしてそういうものを望んでいるのかを判断して、それを解決するUIを実装するのがUIデザイナーの仕事」(ustwoの中村麻由氏、写真2)だという。

 ユーザビリティの要件がまとまったら、次にコンセプトを構築し、アイデアのプロトタイプを作る。この時点で、エンドユーザーを使ってテストをする。テストの費用をなるべく抑えるため、紙でよければ紙で、イメージでよければイメージだけでテストするという。完成品ではなく、初期の段階のアイデアを持っていってテストしてもらう。製品を作ってからのテストでの手戻りは高価な費用が発生する。こうした「コスト管理が重要になる」(Ehrhardt氏)。

 また、「日本や韓国のテクノロジー会社がよくやる間違いはユーザー主導ではなくテクノロジー主導のデザインになりがちなこと。自分たちが作ったテクノロジーを基盤に製品を作ってしまう」(Ehrhardt氏)と指摘する。あくまで、ユーザーの生活を改善することが第一で、テクノロジーは2次的なものという考えである。

仕事とプライベートの両方を楽しむ

 ustwoの従業員数は104人。そのうち、インタラクティブデザイン、ユーザーインタフェース(UI)デザイン、開発者が、ほぼ3分の1ずつという構成になっている。平均年齢30歳で、社員の国籍は20カ国に渡るインターナショナルな会社である。

 ustwoではどの従業員も楽しみながら仕事をしているようだ。「私たちは子どもが集まっているようなもの。クールなプロジェクトをして仕事を楽しみながら、プライベートも楽しもうというのが合い言葉。システムが非常に進んでいるおかげで仕事と生活のバランスが取れている。仕事を仕事と感じずに生活の一部と感じるように常に改善している」(Ehrhardt氏)。

 また、Tech Cityでは人々と顔を合わせて協力しながら仕事をするのが簡単という。地域全体で一つのコミュニティを構成するようなよい環境にあるようだ。仕事、遊び、生活をミックスできるのがTech Cityのいいところだという。「シリコンバレーと違って、Tech Cityは素晴らしいミックスがある」。

 ustwoで働く日本人の中村麻由氏も「ustwoでは、新入社員でもベテランでも同じ発言権を持っている。Tech Cityのいいと思うのは、個人と個人のネットワーキングでビジネスがどんどん入ってくること。ぱっと会ったりLinkedInなどでつながって気が合うと、一緒にビジネスをやろうとなる。小さなスタジオがたくさんあって、個人のコネクションでどんどん大きな仕事ができる」と、ロンドンで働く魅力を語る。