「それでは、裁判で問題の決着を図りましょう」
「やれるものなら、裁判でも何でもやってみてください。当方はそれでも受けて立ちます」

 売り言葉に買い言葉、なかなか支払いをしない中国での販売先の相手に対して結局裁判を起こすということになった。

 中国の裁判所は、4つの階級から成り立っている。最高人民法院、高級人民法院、中級人民法院、基層人民法院の4つである。2審制をとっていて、中級人民法院から裁判が始まれば、最後はその一つ上の高級人民法院で結審することになる。

 どの階級の裁判所からスタートするかは、それぞれの市や省の定める訴訟額と裁判の重要性で決めることになっている。北京市では、訴訟額が8000万元以上であれば、北京市高級人民法院からとなるし、広東省の高級人民法院は、1億人民元を超える事件という規定になっている。

 この、どの裁判所から始めるかということが、裁判の行方を大きく左右する。地域性の強い下級裁判所から裁判をスタートすると、現地と相手方との癒着があったりして、公正な裁判を受けにくくなる危険性があるのだ。このため、契約書には訴訟地を最初から明確にしておく必要がある。さらに「当事者間の合意による応訴管轄」という規定を使い、できるだけ自らが有利になる裁判所に誘導することがポイントとなる。

 そして、中国の裁判は結審までのスピードが日本と比べて早い。一審は半年以内、二審は3カ月以内に結審する規定がある。実際の裁判では、それぞれ2カ月で結審することが多い。そして、裁判がスピーディーに行われるということは、それだけ、証拠物の提出をしっかり行い、腕の良い弁護士を選ぶということがどうしても必要になる。

 弁護士の選定や報酬はどう考えればいいのか?

 日本側の弁護を多く経験している、国際的な感覚をもった弁護士を選んだ方がいい。どうしても、中国人は中国側の論理によってしまう、という傾向があるからだ。ひどい場合だと、先方からも報酬を受け取り、こちら側に不利になるようにしてしまう弁護士すらいる。

 こうしたことがあるため、弁護士報酬は成功報酬を基本とした考え方にした方がよいだろう。成功報酬といっても考え方はそれぞれの弁護士事務所で違うが、債権回収の場合、回収額の約5%程度が妥当だと考えられる。しかし、相手方が倒産している場合や行方不明の場合には報酬額はさらに高くなる。相手方が倒産している場合、回収額の10%程度、相手方が行方不明などの場合は、30~50%とぐんと跳ね上がる。

「裁判は面倒なので、事故にあったということで構わないから取り立てをやめにしましょう」

 こうした、中国現地の担当者の悲鳴をよく聞く。しかし、ここで泣き寝入りをしてしまうと税務処理上、後々厄介なことが起こる。それは、中国現地の税務署が資産の減損を認めないということである。これが認められないと、ずっと税金を取られ続けてしまう可能性がある。最低限でも、裁判所の「破産処理書」と「債権取り立て始末書」は必要だろう。相手が倒産している場合は、工商管理局の「法人抹消登録書」もあった方がいい。それらを使い税務署にも粘り強く債権回収不能による税務処理を認めさせることが必要なのだ。

「裁判には勝ちそうです。でも実際は取り立てできるかどうかわかりませんよ」
 弁護士の次の反応だ。債権回収の正当性が裁判所に認められても実際の「金(現金)」が戻ってこなければ何の意味もない。そこで、相手方の持つ不動産などを差し押さえする手続きをどこよりも早くやる必要がある。

「銀行にやられたぁ」

 不動産管理局に確認したところ、確かに抵当権を登記していたにも関わらず銀行の抵当権が過去に遡って設定されていたのである。こうなった場合、抵当設定の日付が重要になる。こうなったら抵当の取り合いである。中国人同志も債権取り立ては必死なのだ。

「うちの債務は、子会社、関連会社に移したのでそちらから取ってください」

 にわかには信じがたい発言が相手方から飛び出してきた。3カ月ぐらい前に商品を売った、国営企業の相手方担当者からの発言だ。要するに、「自分達が確かに買ったが、その債権は子会社、関連会社に移したので知りません」ということなのである。

 このように、国営企業からの取り立てが厄介な事態が頻発している。国営企業は、赤字を続けると経営者の首が飛ぶ。国が首にするのである。それを恐れ、グループが黒字にみるようしばしば債権を関連会社に飛ばし、その関連会社をグループの外に追い出してしまうのである。そして、その飛ばした先から債務は回収してくれという。無茶苦茶な話だ。国の会社だから大丈夫という日本的発想では、とても対応できない。

 「営業は回収して終わる」これこそが中国ビジネスの基本である。販売・即・売上で安心していてはならいことを肝に銘じなければならない。どんなことがあっても回収する。回収できないことを恐れてはならない。

 もちろん、それをやるには大変な苦労がいる。しかし、一度や二度、そんな苦労を経験して初めて、中国ビジネスで「一人前になれた」と言えるようになるのかもしれない。

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山田 太郎(やまだ・たろう)
株式会社ユアロップ 代表取締役社長
1967年生まれ。慶応義塾大学 経済学部経済学科卒。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)などを経て、2000年にネクステック株式会社(2005年に東証マザース上場)設立、200以上の企業の業務改革やIT導入プロジェクトを指揮する。2011年株式会社ユアロップの代表取締役に就任、日本の技術系企業の海外進出を支援するサービスを展開。日中間を往復する傍ら清華大学や北京航空航天大学、東京大学、早稲田大学で教鞭をとる。本記事を連載している、中国のビジネスの今を伝えるメールマガジン『ChiBiz Inside』(発行:日経BPコンサルティング)では編集長を務める。