B to Cの商売を中国で展開する場合、クレーマーの存在が気になる日本企業は多いだろう。製品やサービスにイチャモンを付け、企業から賠償金を巻き上げる。そんな事件が頻発する状況を中国では「王海現象」と呼ぶ。

 「王海」さんは1995年、各地のデパートやモノ売場で様々な偽物を購入し、賠償金をせしめた実在の人物だ。青島にいた王海さんは、書店で見つけた本に「経営者が提供した製品、サービスに詐欺行為があった場合、消費者は2倍の賠償金を要求することができる」という「消費者権益保護法」49条の条文を見つけた。そこで早速、天津や北京のデパートで偽のブランド品を買いあさり、デパート側に価格の2倍の賠償を請求する訴えを起こしたのだ。

 次の年、王海さんは、ソニーのコードレス電話を5台購入、ソニーに確認し密輸品であることが分かると提訴した。王海さんは、またしても勝訴した。その後、上海ではこの王海さんをまねて「偽物撲滅集団」として多くの人が偽物探しを繰り広げた。この結果、1カ月の間に100件以上の訴訟が起きたという。

 この流れは、どんどんエスカレートしていく。テレビの店頭に出されたPOPにうたわれている機能を備えていない製品が並んでいたことをいいことに、それらの製品をすべて買い取り訴訟に臨む第二の「王海さん」、デパートのトイレに入って使用料を取られ、営業許可書の営業範囲にトイレ経営が入っていないことを訴えた第三の「王海さん」、保温下着の景品にもクレームをつけ…。このように様々な「王海さん」が現れ、それは一つの社会現象になった。

 中国のマスコミ各社は、王海さんを「偽物退治の英雄者」として称えた。一方、「賠償狙いの悪徳消費者」と批判する声もあった。すっかり有名人になった王海さんは、当時、訪中していたクリントン大統領と対談し、中国の偽装品撲滅について語ったりもしていた。

 その後、上海市高級人民法院は「賠償金目当てに購入する消費者は、『消費者権益保護法』の「消費者」には当たらない」との判決を出す。ここから王海さん現象は、一気に沈静化していった。

 それでもいまだに、クレーム対応が難しい課題であり続けていることに変わりはない。特に、日本企業がそこにからんでいるとやっかいだ。下手に日本人が対応すると、クレームが対日批判と相まってエスカレートしてしまうことがある。日本人は表に出ず、直接行わず現地スタッフや代理店が直接対応した方がいいだろう。

 中国の消費者に関する法律は、先の保護法以外に、製品品質法、製品表記記述規定、製品品質検査、製品品質鑑定管理法など様々なものがある。これらの対応をきめ細かく行うためには、「消費者協会」との密な連携を保つことも重要だろう。

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山田 太郎(やまだ・たろう)
株式会社ユアロップ 代表取締役社長
1967年生まれ。慶応義塾大学 経済学部経済学科卒。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)などを経て、2000年にネクステック株式会社(2005年に東証マザース上場)設立、200以上の企業の業務改革やIT導入プロジェクトを指揮する。2011年株式会社ユアロップの代表取締役に就任、日本の技術系企業の海外進出を支援するサービスを展開。日中間を往復する傍ら清華大学や北京航空航天大学、東京大学、早稲田大学で教鞭をとる。本記事を連載している、中国のビジネスの今を伝えるメールマガジン『ChiBiz Inside』(発行:日経BPコンサルティング)では編集長を務める。