東京大学や早稲田大学で学生を教えている。教え始めてもう12年目になるが、今年の学生はいわゆる「ゆとり世代」で受験戦争や競争社会を否定する世相から大切に育てられた学生達だ。日本では、消費に消極的な世代として知られる。

 その世代は、中国でいえば80后(バーリンフォー)に相当する。私は中国清華大学や北京航空航天大学などでも教鞭をとっているが、そこの学生たちはまさに80后で、親から大切にされて育った世代として知られる。両国の学生は、ともに大切に育てられ、インターネットを自在にあやつる世代ということでは共通している。だが、ずいぶん違った意識ものぞかせる。そのことについて今回は検証してみたい。

 私が中国の教壇に立つと教室はいつも騒がしい。教室の席は大教室の場合、日本のように後ろから埋まるのではなく、中国では前から埋まる。前に座る中国の学生はいつも前のめりで授業に参加する。彼らこそ80后と呼ばれる世代だ。

 80后の后は、日本語の「後」の意味で、80后は1980年以降に生まれた世代を指す。現在の20歳~30歳ぐらいの若者だ。現在、この80后が中国全体でなんと2億人の人口になっている。トウ小平の改革解放がスタートしたのは78年だが、80后は改革開放経済の影響を大きく受けた世代といえる。中国では、70年代まで計画経済が続いていた。毛沢東主席が死去した1976年に文化大革命は終わり、1978年にトウ小平が中国の改革開放を決議する。わずか2~3年での大方針転換ということになるが、80后は文化大革命も計画経済の時代も体験としては知らず、ひたすら改革開放後の高度成長を謳歌した世代といえる。

 ちなみに、中国では70年代に生まれた世代を70后(チーリンフォー)、90年代に生まれた世代を90后(ジューリンフォー)と呼ぶ。

 私が担当する学生のように都市で生活する80后の特徴は、個性や個人の権利を大切にし、インターネットや携帯電話を使いこなす世代である。朝起きてから、夜寝るまでインターネットを片時も手放すことはないなどという人が大勢いる。テレビからではなくインターネットから情報を得ているので、海外の文化についてもよく知っている。

 朝8時に起床すると携帯電話でまずニュースとメールをチェックする。中国も最近は、携帯電話からスマートフォンへの利用率が高まっている。学校に行くと百度(Baidu)を使って情報を検索する。中国ではGoogleが使えない。ランチ前には淘宝(Taobao)で通販情報をチェック。中国最大のオンライン通販サイトで日本だと楽天のような存在である。午後になれば、授業の合間を見つけて我愛打折(55BBS)をチェックして大学の近くの店のクーポンを探す。そして、授業に飽きるとずっとQQで友人とチャットをしているのだ。そして、今日のテレビをYOUKUでチェックして帰り支度をする。就職活動のために資格を取得するために、オンラインで資格講座を取っている学生もいる。ある調査によると、中国でのインターネット利用時間は、1日当たり3.2時間だという。とにかく、インターネットはつなぎっ放しの状態なのだ。この点は、日本のゆとり世代と共通しているかもしれない。

 ただ80后がゆとり世代とでは、大きく違う点もある。それは、概して消費意識が旺盛ということだ。その背景には、経済力がある。知り合いの子息は北京大学を卒業して外資系金融機関で働き、初任給は5000ドル(約40万円)という。卒業5年後には給料が年に20万ドル(約1600万円)、ボーナスが50万ドル(約4000万円)ほど出て、年収は5600万円などという人もいるらしい。それは極端な例としても、上海あたりのホワイトカラーの平均的な80后は、月給で25万円~40万円。中国では富裕層に分類される。

 80后は、「小皇帝」とも呼ばれる。甘やかされ、わがままに育った一人っ子ということだ。両親、祖母と一大家族の6人に愛され、お小遣いは6つのポケットから出てくる。まさに、中国の「新人類」である。親に、2DK~3LDKのマンション(価格は1500万円~3000万円)をポンと買ってもらう。それより高額のマンションを買ってくれる家族もいる。婚活も親任せという人も多い。

 それだけ恵まれているせいか、結婚にはあまり積極的ではないようだ。上海の人民広場には婚活センターがあり、息子や娘のプロフィールを親が短冊のように書いて、条件が合いそうな相手がいるとその連絡先に親が連絡してお見合いを設定する。そのような努力にもかかわらず、結婚できない(しない)男性は2020年には2400万人に達するという。中国は2020年から人口減少、超高齢化社会に突入するという統計もある。

 親の多くは1950年代生まれ。文化大革命(1966年~1976年)の10年間、「下方」などで苦しい思いをして生きてきた世代である。そのせいか、80后はしきりに「この時代に生まれて良かった」と言う。学生たちをみると、確かに恵まれていると思う。

 けれども、80后は「甘やかされて育ったせいでひ弱」ということでもない。実際、中国籍を捨てる者も多い。中国籍を捨てて、カナダ籍、日本籍、オーストラリア籍などを取得するのだ。私の知り合いのなかにも、日本籍を取得した方が大勢いる。独立し、自立して海外でしっかり働く80后も多い。留学する人も多く、その多くが起業家としてベンチャー企業を成功させている。私が知る若い経営者は、皆この80后だ。

 ボランテイア精神も旺盛で、2008年の四川大地震では80后が競って現地へ支援活動に入った。相手を助けたい、同じ中国人を助けたいという気持ちがどの世代よりも強いようだ。私の学生の半分がそうしたボランティア経験者でもある。

 ただし、すべての80后が豊かさを謳歌しているわけではない。例えば、「蟻族」と呼ばれる人たちがいる。卒業しても就職できず、就職活動中の都市暮らしの部屋では、5~10人が共同生活をしている。蟻のようにひしめき合って生活していることから、彼らを「蟻族」と呼ぶ。この代表的な世代も80后。大学卒業後、さらに専門学校に通い、就職に有利な技術的な勉強をしている。親元に帰れば生活には困らないかもしれないが、親の期待を背負って大学を卒業させてもらったわけだから、やすやすと故郷に帰れない。せっかく取得した都市の戸籍を失わないためにも頑張って「蟻族」になっても都市で就職活動を続けているのだ。

 「反日」については微妙な感覚を持っている。2000年代の江沢民国家主席の時代、「愛国教育」の一貫として中国では反日教育が行われていた。その影響で「反日」を唱える80后もいる。2004年の靖国公式参拝問題で中国の反日感情は高まった。その後、中国各地で反日運動が盛んになるが、80后はアニメや日本文化を好み、むしろ「親日」的だ。「政府とそこに暮らす市民は別」という考え方をするらしい。政府の情報はCCTV(中国国営放送)などのテレビ、その他の情報はインターネットで得るのが80后の情報の使い分けだ。

 70后は、政治に影響を受け、自分の考えを持っている。80后は、現実主義による教育や社会の影響を受けているので政治から距離を置く。「理想を語る前にまずは金儲け」という感覚があるようだ。

 こうした80后こそが、中国ビジネスを考えるうえで重要なキーを握っている。高所得で消費意識が旺盛なこの世代を顧客として取り込めないと、市場でなかなか成功はできないからだ。彼ら彼女らを理解することこそが、私たちの急務なのである。

本稿は、中国ビジネス専門メルマガ『ChiBiz Inside』(隔週刊)で配信したものです。ChiBiz Insideのお申し込み(無料)はこちらから。
山田 太郎(やまだ・たろう)
株式会社ユアロップ 代表取締役社長
1967年生まれ。慶応義塾大学 経済学部経済学科卒。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)などを経て、2000年にネクステック株式会社(2005年に東証マザース上場)設立、200以上の企業の業務改革やIT導入プロジェクトを指揮する。2011年株式会社ユアロップの代表取締役に就任、日本の技術系企業の海外進出を支援するサービスを展開。日中間を往復する傍ら清華大学や北京航空航天大学、東京大学、早稲田大学で教鞭をとる。本記事を連載している、中国のビジネスの今を伝えるメールマガジン『ChiBiz Inside』(発行:日経BPコンサルティング)では編集長を務める。