中国で2011年9月1日、「中華人民共和国個人所得税法」および「中華人民共和国個人所得税法実施条例」が施行された。個人所得税法の改正は、21世紀に入ってからでみると、2005年、2008年に続く3度目である。

 今回の所得税制改正の全体像を俯瞰すると、長期的には中国国民の消費を活発化し、経済成長を押し上げる効果を期待できそうだ。課税前所得額が月額7000元(約8万4000円)以上の「小金持ち層」に対して大きな減税効果をもたらすからだ。

 ただし一方で、中国に数十人規模で日本人を派遣している日本企業にとっては税負担が重くなる可能性が高い。従って、残念ながらしばらくの間は中国拠点の経営にとってマイナス効果の方が大きい。これを機会に無駄な経費が発生していないかなど、見直しを検討すべきだろう。

基礎控除額の増額により中国籍は実質減税

 税制改正の主なポイントは次の通りだ。

(1)源泉徴収者の納税申告期間を7日から15日に延長する
(2)自営業者の所得税負担を軽減する
(3)5ポイント間隔で5~45%の9段階による超過累進課税方式を、同3~45%の変則7段階の超過累進課税に変更する
(4)課税所得計算前の基礎控除額を、月額2000元(約2万4000円)から同3500元(約4万2000円)に増やす

 このうち特に注目したいのは(3)の超過累進課税の変更と、(4)の基礎控除額の増加である。これらの変更が中国の多くの給与所得者に減税効果をもたらす一方、日本企業をはじめとする外国籍従業員を雇用する企業にとっては増税につながるからだ。

 詳しく見る前に、中国の給与所得者に対する個人所得税の課税方法をご紹介しよう。まず支給額面から失業保険、年金、基本医療保険、住宅積立金の個人負担分、いわゆる「四金」と、課税免除対象となる各種公的補助、手当を控除する。さらに基礎控除の相当額を控除して課税所得額を算出。課税所得額に応じた税率で所得税が確定する。

 この中国方式の特徴は、基礎控除額によって課税所得額に応じた税率も変わることだ。日本の算出方式は「所得税=課税所得額×税率-控除額」である。これに対し、中国では課税所得額を「所得-(各種控除額+基礎控除)」で決定し、この課税所得額に応じた税率を掛け合わせる。従って、基礎控除額の持つ意味合いは日本以上に大きい。

 実際、今回の改正によって基礎控除が2000元から3500元に大幅に引き上げられたため、個人所得税を負担せずに済む中国国民の数が大幅に増えることになった。国家統計局のデータによると2010年の個人所得税の負担対象者は約8400万人いたが、改正後はここから6000万人程度減る見込みだ。財政部の王建税政司副司長の説明によれば、全就業者数に占める個人所得税の納税者の割合は22%から7.7%に減少するという。

 さらに税率改定も加わり、中国では比較的高給取りの部類に入る層も、多かれ少なかれ税制改正の恩恵にあずかれる。試算したところ、四金を差し引いた課税前所得額が月額8000~1万2400元(約9万6000~14万8800円)の層は、減税額が月額480元(約5760円)と最大になる。以降も同3万8600元(約46万3200円)までは、少なくとも5元(約60円)の減税となる。

 このようにかなり広範囲の中国国民にとって減税となる。中国に進出している日本企業の経営者の中には、財布のひもが緩むことを期待する向きもあるだろう。

 ただし、今回の税制改正が内需を喚起して景気を刺激するまでには、もうしばらく時間がかかりそうだ。確かに広範囲の中国国民が減税の恩恵にあずかれるものの、購買力が格段に高まるほどの減税効果を得られる層のボリュームはまだ限られているからだ。

 2010年の全国人民代表大会で発表された数値によれば、減税額が最高水準となる課税前所得額が月額7000元以上の納税者の割合は、給与所得納税者全体のわずか4%にとどまる。同じく2万2000元(約26万4000円)以上の納税者は0.5%ということである。こうした小金持ち層の厚みが増してきた時期に、減税が目に見える効果となってくるだろう。