(※編集部より…今回のリポート内容は2012年7月現在、「かなり緩和され東日本大震災発生以前の状況に近くなっている」と筆者から注釈がありました。しかし2011年9月当時の状況を伝え残すことにも意義があると判断し、そのまま掲載します)

 東日本大震災からまもなく半年になる。今では問題ないようだが、地震の発生から1~2週間ほど、買いだめによる品不足が起こったことは記憶に新しい。

 被災地での品不足はやむを得ないとして、直接の被害が大きくなかった首都圏などで、水やインスタントラーメン、パン、トイレットペーパー、紙おむつなどの日用品を消費者が先を争って購入した。その結果としてスーパーマーケットの棚がカラになる様子は、テレビの画面を通じて中国にも伝わってきた。

日本の農産物や食品の禁輸・検査を徹底

 実は中国でも、日本の食品を巡るある状況が静かに顕在化してきている。日本原産の食品が店頭の棚から消えつつあるのだ。

 日本で買いだめが発生した頃と同時期の3月16日、中国でも事件が発生した。大連空港に着陸した日本発の貨物機コンテナから安全基準値を超える放射性物質が検出された。その飛行機は貨物を下ろすことなく日本へ引き返した。その後、中国政府は日本の農産物や食品の禁輸や検査を徹底するようになった。流れは次の通りである。

  • 国家品質監督検査検疫総局が3月24日付で、福島、栃木、群馬、茨城、千葉の各県の乳製品、野菜、果物、水産物の輸入禁止を公告

  • 4月8日付で宮城、山形、新潟、長野、山梨、埼玉、東京も禁輸地域に指定。その他の地域は放射性物質検査合格証明・原産地証明の提出を義務づけ

  • 6月13日付で山梨、山形は上記の禁輸地域の指定を解除。一部の食品を除き、放射性物質検査合格証明の提出を免除。ただし原産地証明提出は継続。原産地証明のフォームは水産物以外、別途通知するとした

 これらの措置の影響で、一時中国国内では「日本産食品=核汚染」というイメージが拡散しかねない情勢であった。地震の発生前に中国に既に到着していた日本産食品でも、印象が悪いために店頭から引き上げられてしまうのではないかと筆者は憂慮した。

 もっとも、これは杞憂だったようで、禁輸措置の後も日本の食品は従来通り店に並んでいた。「意外と何でもないものだなあ」とほっとし、心配しすぎた自分に苦笑したものだ。

日本製品が補充されなくなった

 しかし最近になって、緩やかな異変にようやく気がついた。輸入食品を中心とするとあるスーパーマーケットを訪れた時のことである。通常であれば、同店では1台の幅約1.2mの陳列棚に、様々なメーカーの多くの品種を棚の奥までびっしりと並べる。

 日本製品の独壇場であるしょうゆを例に取ると、複数メーカーの通常品のほか、減塩、昆布入り、丸大豆、薄口といった様々なタイプが、ぎゅっと1カ所にひしめいていたものだ。

 それが最近は、ある商品が売り切れるとその商品は新たに補充されない。残っている商品が奥から手前に、さらには横に横にと伸びて、最近では棚の最前列が1つの商品で占拠されるようになり、棚の奥には空間が広がっている。

 しょうゆだけでなく、料理酒や酢、調味たれもこんな感じだ。砂糖に至ってはとうとう日本製が全く姿を消してしまった。

 また、あるコンビニエンスストアでは、棚に空きこそ見られなかったものの、かつては多く並んでいた日本製のチョコレートやスナック菓子が一掃されつつある。代わりに日系メーカーの現地生産品が増えたほか、意味不明のひらがな日本語と中国語を併記して日本製を装ったパッケージを採用する中国・香港メーカーの商品が交じっていた。放射能汚染の恐れがあるために輸入禁止となっているにもかかわらず、なおも日本製の商品や日本語に付帯する安全のイメージが利用されているのは皮肉なものだ。

 このほかスーパーやコンビニエンスストアで見られる現象としては、韓国商品の侵食も挙げられる。かつて日本産食品が並んでいたところに、ハングル文字が躍る同種の商品が配置されている。日本産の食品が入ってこないうちは、やはり安全の信頼が薄い中国産よりも輸入ものを好む顧客層のために韓国商品に置き換えられるのも仕方ないこととは思う。

 ただし少々困ったことに、韓国メーカーのパッケージは日本の同種の商品と非常に似通っているものが多いのだ。日本語も韓国語も分からない一般の中国人の目には、類似したパッケージが「日本メーカーの海外生産品」と映りかねない。つまり韓国製に置き換えられ、定着してしまう恐れがある。

統計にも現れた忌避現象

 純粋な日本食品が手に入らなくなったくらいで嘆いているようでは、日本食品が手に入りにくい国・地域に住む方たちから「何を甘ったれたことを言っているのだ」とお叱りを頂戴しそうだ。けれどもこの現象は中国で生活する筆者の嗜好のみならず、日本の味覚が浸透しつつある中国市場や、中国市場に商品を供給する日本の企業にも大きな影響を与えている。

 中国商務部による統計によると、2010年の日本からの農水産物の輸入は前年比33.2%増の5億9338.3万ドルで、2011年第1四半期も10.9%増の1億3343万ドルと増加基調にあった。だが同年4月(単月)は前年同月比49.4%減と急減してしまった。

 中国では味噌やしょうゆ、みりんといった日本食の味の決め手となる基本的な調味料が現地で生産されており、代替品が入手可能という点で恵まれている。それでも近年の高級飲食文化の高まりのなか、本格的な日本の味を提供する高級懐石料理店や寿司店は、現地品という妥協がなかなか許されるものではないだろう。また、近年は世界的にも注目されるようになっている日本酒や焼酎などは、現地生産品では愛好者の舌をごまかせない。

 関係者の話によれば、日本原産食品の検査強化措置は5月にいったん緩和されたはずだが、実質的には依然として全面的な禁輸状態にある。原産地証明フォームの様式について中国側の最終的な確認待ちという状況が続いているためだ。

 背景には政治的な駆け引きがあるとの説もあり、明るい兆しはまだ見えない。企業や国、都道府県、そして生産者の地道な努力によって開拓されてきた中国の日本食品市場が、大輪の花を咲かせる前にしぼみ、枯れてはならない。中国政府に1日も早い禁輸解除を望むとともに、企業をはじめとする日本の関係者にも、解除に向けた働きかけを期待したい。


佐々木 清美(ささき きよみ)
 1969年生まれ。北海道大学経済研究科修士課程修了。卒業論文のテーマは「近代上海の下層労働力」。「文字化されない『老百姓(一般市民)』の生活ウォッチ」を続ける。
 日本総合研究所の中国法人である日綜(上海)投資コンサルティング有限公司などを経て、2012年2月から拓知管理諮詢(上海)有限公司のコンサルタント。