中国で働くビジネスパーソンが注意しなければならない対象が、近年になって1つ増えた。それは日本でもおなじみの「電動自転車」である。電動自転車が原因の交通事故が大幅に増加しているのだ。

 死亡事故も多発しているようだ。現地報道によれば、上海市のある区の交通警察部門が発表した電動自転車による死亡者の割合は、2009年で交通事故死全体の21%。前年の同11%を大幅に上回ってしまった。さらに2010年第1四半期に至っては44%を占めたという。

 電動自転車による交通事故が大幅に増加した理由は大きく2つある。1つは上海市が自動二輪車に施した規制の影響により、電動自転車が急速に普及したこと。もう1つは、自動二輪車ばりの走行性能を備えた“名ばかり電動自転車”が大量に紛れ込んでおり、にもかかわらず一般の自転車の感覚で乗っている利用者が多いためだ。

原動機付きを規制してきた上海市、電動自転車が急速に普及

 まずは普及状況から見てみよう。上海市都市建設交通委員会が2011年6月に公表した数値によれば、2010年に上海市内で登録された電動自転車・補助車は287万台。

 定住者人口約2302万人、世帯数約825万という2011年5月時点の統計情報と照らし合わせると、電動自転車は約8人のうち1人、3世帯につき1世帯の割合で1台保有している計算になる。上海以外の地域で登録された車両も加えれば、台数と所有率はさらに高まる。ちなみに2001年時点の登録台数は約5万台だった。10年でいかに普及したかがお分かりだろう。

 実はこの間、上海市は原動機付き自転車(いわゆる原付)や50cc超の自動二輪車に対し、厳しい規制を課してきた。具体的には、まず2002年に市内中心部への乗り入れを大幅に制限した。続く2003年には事実上の強制排除を始めた。使用後8年を超えた50cc超の自動二輪車は原則廃車とし、ナンバープレートを順次乗用車のものに変更することにしたのである。

 これに対し、電動自転車は自動二輪車とは異なり規制が緩い。自転車と同じ「非機動車」に区分しており、免許や入札によりようやく取得できる高価なナンバープレート(現在は3万元=36万円前後といわれる)は必要ない。

 価格にも値頃感がある。一流ブランドの携帯電話機の価格が3000元(約3万7500円)~4000元(約5万円)というなか、電動自転車は1000元(1万2500円)~2000元(約2万5000円)で購入できる。

こがないペダル付きの「フルアシスト型」が主流

 こうした事情から普及が進み、事故の件数が増えた。それはよいとして、2つ目の名ばかり電動自転車が大いに問題である。

 中国の電動自転車の基準は、おおまかにいえばこんなところだ。「最高時速20km以下、車体重量40kg以下、タイヤ直径は54cm以下で、ペダルでこぐ構造を有していること」。日本で普及する電動アシスト自転車とそう変わらないように見える。

 しかし実態は異なる。中国では足でペダルをこがなくても自走できる「フルアシスト型」が主流なのだ。しかも大半は、上海市よりもチェックが緩い他省で登録されたスクーター型である。

 電動自転車としての要件を満たすために、スクーターのステップ部分にお飾り程度、三輪車のそれのようなペダルを付けているものの、そこに足をかけてこぐ人などいない。「アシスト」とはどこ吹く風、走行中くるくると空を切るだけのペダルを見ると滑稽である。

 さらにタチの悪いことに近年は、違法を承知で、最高速度を抑えるリミッターが外された車両の販売が一般的になっている。これはつまり性能面では通常のスクーター、バイクとほぼ変わらない名ばかり電動自転車である。

 にもかかわらず、こんな名ばかり電動自転車も「非機動車」として扱われている。大半の運転者も普通の自転車を運転している気分のままだ。このため道路を逆走する、歩道を猛スピードで走るといった危険行為が後を絶たない。

 しかも電動自転車に接近されたとき、歩行者はそれに気づきにくい。電気駆動でスクーターなどのような音が出ないからだ。

 それなのに道路を横断しようする歩行者のすぐ近くに迫ってくるケースはざらで、狭い道路の脇すれすれを駆け抜けていくこともある。本当に危険極まりない。筆者も何度も心臓を飛び上がらせている。

深セン市では市中心部への乗り入れ禁止措置

 このような現状を踏まえ、政府がようやく重い腰を上げた。2011年3月、公安・工業情報課の2部門と、工商行政管理総局・品質監督検査検疫総局の4部門が、電動自転車に対する管理を強化する通知を公布した。続く5月1日には改正「道路交通安全法」が施行された。今後は道路交通面、生産販売面、登記登録面で管理監督を強化し、違法改造や基準を超過した車両は、買い換え補助や買い取りといった方法で淘汰を進めていくとしている。

 政府の方針を受けて深セン市では、早くも6月から市中心部への電動自転車の24時間乗り入れ禁止措置を講じた。上海やほかの都市も追随しない保証はない。

 だが電動自転車が既に市民の足としての役割を相当担っていることも確かだ。深センと同様の規制が多くの都市で課されていけば、混乱は避けられそうにない。政府の方針を契機に、市民が自発的に安全運転に努め、安全と利便性を両立させてほしいものだ。


佐々木 清美(ささき きよみ)
 1969年生まれ。北海道大学経済研究科修士課程修了。卒業論文のテーマは「近代上海の下層労働力」。「文字化されない『老百姓(一般市民)』の生活ウォッチ」を続ける。
 日本総合研究所の中国法人である日綜(上海)投資コンサルティング有限公司などを経て、2012年2月から拓知管理諮詢(上海)有限公司のコンサルタント。