模倣品や類似品、海賊版、悪意の先駆商標といった知的財産権侵害が、いまだにはびこる中国。悩まされている日本企業も多いことだろう。

 しかし泣き寝入りするばかりではいけない。「ノー」の声をあげて断固たる態度を示し、知的財産立国としてその財産を守る姿勢を見せることが大切だ。中国でも法制面が少しずつ整ってきており、知的財産保護のために戦う企業を後押しする可能性が見えつつあるからだ。

 世界知的所有権の日(4月26日)に近い4月24日、中国最高人民法院(日本の最高裁判所に該当)は江蘇省の蘇州で「2010年 知的財産権の司法保護10大案件および典型的判例50」を発表した。これは中国が知的財産権保護のために1997年から実施している「知的財産権保護における典型的判例」選考活動の一環。2007年から「知的財産権司法保護10大案件」を、さらに2009年から「典型的判例50」を同時に発表している。

 今回発表された60の案件をざっと見てみると、外国人・外国企業が関わるものがかなり含まれている。特に日本が関わる訴訟が「典型的案件」として5件も挙げられている。

外国企業が関わった判例は少ない

 これはちょっとしたものだ。というのも、これまで中国における知的財産権の問題、特に日本が関係するものでは、すっきりした話を聞くことがあまりなかった。被害を受けた会社の資金力不足や、証拠収集などの負荷が重く訴訟に持ち込むのが難しいこと、あるいは訴訟に持ち込んでも中国企業や個人が相手では中国側に有利な判決が出がちち、といった事情があるためだろう。

 日本企業に限らず、外国人・外国企業(在中国外商投資企業を含む)の知的財産権に関する係争で結審したものは決して多くない。2010年を例に取ると、各地方人民法院の案件が1369件、行政案件が1004件だった。最高人民法院では、2009年からの引き継ぎ案件50件と2010年の新規案件313件の計363件のうち、317件が結審している。

 実は中国全体の知的財産権がらみの民事訴訟は近年大幅に増加している。地方法院が結審したものだけで4万1718件。2009年との比較で36.7%も増えた。

 これらの数字と比較すると、外国人・外国企業が関わる案件がまだまだ限られていることをご理解いただけるだろう。このような状況で、日本が関係する案件が5件も「典型的判例」として選ばれたのは、日本の企業の頑張りの証とも考えられそうだ。

ホンダなどが勝訴

 そこに紹介されている日本の企業が関係した判例の幾つかを見てみよう。ホンダの案件は行政訴訟で、国家知識産権局特許再審委員会と企業数社を相手に意匠登録の無効決定を不服として起こしたものだ。一審と二審は意匠登録無効を支持したものの、最高人民法院がこれを取り消し、ホンダ側の勝訴となった。

 また、王将フードサービスの中国現地法人である王将餃子(大連)餐飲有限公司(以下、大連王将)は大連で「王将餃子」を展開したが、「王将」の商標権を先に取得していた中国人から商標権侵害を理由に名称の使用停止と損害賠償を求める民事訴訟を起こされた。2008年の大連市中級法院でも、控訴した2009年の遼寧省高級人民法院でも被告側の大連王将が敗訴という判決が出た。しかしこの案件も最高法院の再審によって原判決が覆されたのである。

 上に述べたようになかなか「外国企業が訴訟に勝ちにくい」環境の中で、以前は「中国だから仕方がない」といった企業のぼやきがよく筆者の耳に入ってきた。だがホンダや大連王将の判例が象徴するように、外国企業が粘り強く法を根拠に訴え続けることで、主張が支持されるようになってきている。中国で事業を展開する外国企業にとって光明といえよう。

新たな悩みの種は地方法院、最高人民法院の送達を放置

 ただしここまで述べておいてなんなのだが、有利な判決が出ても直ちに安心はできない。困ったことに、判決に沿った措置を講じることを邪魔する司法組織もあるという。ある関係者から聞いた話だ。

 地方の法院で敗訴となった後に最高人民法院で再審を認められ、原判決が覆されたある案件についてである。本来は最高人民法院による判決をもって確定し、それ以上は覆しようがない。原告・被告両者は判決文に従い履行義務を果たさなければならない。ところが最高人民法院から判決書が送達された後も、地方法院が判決書を受け取ったまま執行を放置してしまうそうだ。

 中国ならではメンツの問題で、「自分たちの判決が覆された」と地方法院がへそを曲げてしまったということか。中国で「正義は勝つ」と堂々と言えるのは、まだまだ先のことかもしれない。


佐々木 清美(ささき きよみ)
 1969年生まれ。北海道大学経済研究科修士課程修了。卒業論文のテーマは「近代上海の下層労働力」。「文字化されない『老百姓(一般市民)』の生活ウォッチ」を続ける。
 日本総合研究所の中国法人である日綜(上海)投資コンサルティング有限公司などを経て、2012年2月から拓知管理諮詢(上海)有限公司のコンサルタント。