2010年11月27日夜、中国広州で開催された第16回アジア大会が幕を閉じた。各国のメダル最終獲得数は中国が金199枚、銀119枚、銅98枚の計416枚となり、2位の韓国の計232枚を倍近くも引き離した。

 3位に終わった日本は、金の数は中国の4分の1、メダル総数は約半分程度にとどまった。まさに中国の一人勝ちといえよう。人口世界1位の国が、優秀な選手の発掘、スポーツエリート育成を重要な国家事業と位置付けて推進してきたのだから、当然といえば当然の結果と言ってよい。

青少年の身体能力は低下する一方

 だが、一般人のほうはどうか。

 中国は2000年以降、5年に1回、大々的な「国民体格測定」を実施している。3回目を迎えた2010年の調査も11月に全国での調査を終え、データ分析を始めた。結果が公表されるのは早くて2011年夏頃だが、既にあれこれと推測が始まっている。

 推測の内容は悲観的だ。その引き金になったのが2010年3月30日に『中国少年報』が報じた「我が国の青少年の身体能力は連続10年低下傾向が明らかに(体質監測顕示我国青少年体能連続10年整体下降)」という記事だった。

 競技スポーツの舞台では圧倒的な優位にあるにもかかわらず、一般市民の体格および身体能力は、日本や韓国に劣っているという。このことがどうにも悔しいようで、アジア大会が史上最高の成績に終わっても素直に喜んでいられないようだ。

 中国体育総局は2010年9月発表の「21世紀社会変遷における中、日、韓三国青少年体格影響に関する比較研究」という報告において、2005年時点の中国・日本・韓国の体格を比較した。

 それによれば、中国人の体格(身長・体重)は増加傾向にあるもののまだ日韓より低く、身体能力(50m走及び立ち幅跳び)では日本に水をあけられ、韓国とはほぼ横並びだが幾つかで負けているという。

クラブ活動さえも選ばれし者の領域

 確かに、今回のアジア大会で惨敗はしたものの、日本ではスポーツが一般市民に広く浸透している。言うまでないことだが、スポーツ組織に所属する機会は子供たちに広く開放されており、小・中・高の学校でのクラブ活動や、地域のスポーツ少年団に希望者は自由に参加することができる。

 ところが中国の場合、学校でそういったクラブ活動に参加できるのは運動能力に優れた子供のみに限られるという。学校代表のスポーツチームとして優勝を狙う戦力になれることが参加条件なのだ。

 ある中国人は「スポーツは農村の貧しい家庭の子が学校に上がるための手段となることが多い」と語っていた(ただし男子110mハードル金メダリストの劉翔や、米国NBAで活躍する姚明など大都市市区出身の選手もいる)。

 近隣国に対する対抗意識ばかりでなく、医学的な面から問題を指摘する声もある。経済発展のおかげで栄養状態も体格も良くなっているのに、青少年の身体能力平均がそれに伴って上昇していないからだ。

 それどころか、青少年を対象とした2005年の「全国学生体格と健康調査研究」によれば、肺活量・50m走・立ち幅跳び・筋力・持久走などの能力が2000年に比べいずれも低下している。

 一方、日本では「平成20年度体力・運動能力調査 調査結果」によれば2008年の11歳・13歳・16歳の運動能力は、2001年と比較してほぼ横ばいまたは向上した(低下した例外は11歳男子と13歳男子の「握力」、11歳男子と16歳男子の「立ち幅跳び」)。

 中国政府は2007年、「中共中央の国の青少年スポーツ強化による青少年体格増強に関する意見」を発表し、「学校の生徒は1日1時間は運動できる時間を確保する。また5年のうちに体力向上、肥満近眼の減少を目指す」ことをうたった。さらに2009年には8月8日(北京オリンピック開会日)を「全国民運動日」と定めた「全民健身条例」を公布した。

 このように中国国民の体格・運動能力の向上は国家的課題だ。しかし筆者の印象では、オリンピックが開催されても、アジア大会が開催されても、まだまだ運動能力向上に対する一般市民の意識は高くなさそうだ。

 来年(2011年)発表される2010年の国民体格測定の結果がどのようなものになるか、それがどのような施策につながるのか、楽しみである。


佐々木 清美(ささき きよみ)
 1969年生まれ。北海道大学経済研究科修士課程修了。卒業論文のテーマは「近代上海の下層労働力」。「文字化されない『老百姓(一般市民)』の生活ウォッチ」を続ける。
 日本総合研究所の中国法人である日綜(上海)投資コンサルティング有限公司などを経て、2012年2月から拓知管理諮詢(上海)有限公司のコンサルタント。