先日、あるテレビ局から出演の打診があった。未曾有の新卒就職難を受け、中国・上海で、20~30代の日本人の若者が働くこと、起業することなどについて在住の立場からコメントが欲しいという。筆者がここ(メールマガジン)で書いた、若年層の中国就労についてのリポート(「“チャイニーズドリーム”は故郷に錦を飾らない)」がプロデューサーの目に触れたらしい。

 最終的はこの話は流れてしまったけれども、就労のみならず「若者が海外で起業」していると聞き、とうとうここまでトレンドが進んだのかと正直驚いた。

 日本でも政府が若者の起業を応援しており、今では1円で株式会社を設立できる。それでも、自分で働く場所、つまり会社をより景気の良い海外でつくろう、と時代が若者の背中を押しているのかなと思った次第だ。

怪しい規制逃れの例

 そこで今回は、中国における起業の環境についてリポートしよう。「公司法」によると、中国での会社設立に要する最低資本金は、単独出資の場合は10万元(約120万円)、共同出資の場合は3万元(36万円)とハードルは低い。

 近年では外資企業設立に関する規制も、だいぶ緩和されている。特にここ数年で商業企業(小売り・卸売・輸出入)やサービス業がやりやすくなってきて、個人が出資・経営している店をよく見かけるようになった。

 ただ、本業の一環として現地法人設立サポートを行っている筆者の立場からすると、大丈夫なのかと心配してしまうものも無きにしもあらずだ。ここでは3パターンの怪しい例を指摘しておこう。

(1)中国人名義の「内資企業」の実質経営者になるケース

 そもそも外資企業(中国では「外商投資企業」という)には、「全く無関係な複数の業種を1つの会社で行えない(ホールディングカンパニーは除く)」「卸・小売りでも関連性が薄い品目は同時に取り扱えない」「外資企業が取り扱ってはいけない業種・商品」などの縛りがある。

 しかしながら内資企業だとそういった制約はほぼ無い。そこで、中国人の名義を借りて会社を設立したり、「履歴がきれいな休眠内資企業」を買ってそこの実質経営者となったりする人たちがいる。だがこの場合、「中国の企業」であるから、利益を海外に送金することはできない。

 また、「名目上の所有者」の翻意で身ぐるみはがされてしまうこともある。例え名目上の所有者に悪気が無かったとしても、こんな実話がある。この「善意の所有者」が不幸にも離婚することになり、その配偶者が彼の会社は夫婦の共同財産だとしてその分与を要求したのだ。結局これが認められて、相応の財産がその人に渡ってしまったという。

(2)営業許可証に掲載された「業務範囲」からの逸脱が疑われるケース

 外資企業には、外国投資者の単独出資企業への制限や、業種の資本金要件を満たさないと携われない業務がある。以前に筆者は、ある企業から「カルチャースクールタイプの『ものを教える』業務を中国で展開したい」との相談を受けた。いろいろ調べたところ、中国側持分支配の学校経営法人を設立したうえでの開校でないと、外資企業には営業は難しいのが実情のようだ。

 ところが外資企業で「○○教室」を開いている企業があった。詳しくはここでは省略するが、よく言えば「業務範囲の緩やかな解釈」、悪く言えば「拡大解釈」でもって営業している。法律的な白黒を筆者には判じかねるが、かなり危ない橋を渡っていると言わざるを得ない。ことが露見すると行政指導が入るリスクを負っている。

(3)そもそも営業許可を取得していないケース

 趣味で始めた小さなカフェや、微妙なところだが、個人レッスンなどを営業許可を取得しないで開業したケースが見受けられる。こういった場合、当然、税務関連の登記はしていないし、ビザ・居留資格は非合法となる。

 「コーディネーター」などの職業で、日本で会社を設立しておりクライアントも日本にいる場合、フィーを日本の口座に振り込んでもらうことで、つじつまを合わせたつもりになっている人もいる。だが日中租税条約により、中国での滞在が183日間を超えると納税義務が中国側に発生することを知ってか知らずか、営業を続けているようだ。

同化した気分で起業すると落とし穴に

 このように就業許可を取得せずに職に就いているところを発見されると、外国人出入境管理法細則44条違反で1000元以下の罰金、果ては強制退去に処せられる。入国管理部門や税務部門に密告されれば、一巻の終わりだ。

 確かに中国には、日本人の若者にも起業意欲を抱かせるだけの魅力がある。ビザ無しで片道数時間の空の旅で来ることができるし、実際に日本人も多く生活している。中国人と見かけが似ており、長くいれば現地社会に同化したような感覚にもなる。

 けれども商業活動を始めようとすれば、いわば「よそ者」の日本人には外国人の法規が適用され、制約が多い。前述の例は、軌道に乗ったかに見えても、下手をすると築いた城を瞬時に瓦解させるリスクをはらんでいる。せっかく起業したのに、結末が財産没収・強制送還では笑い話にもならない。

 中国で働くもよし、起業するもよし。けれども、かけるべき手間を惜しみ、関連法規を調べずに新天地の未来図を描くようでは、悲劇の種をまくことになりかねない。


佐々木 清美(ささき きよみ)
 1969年生まれ。北海道大学経済研究科修士課程修了。卒業論文のテーマは「近代上海の下層労働力」。「文字化されない『老百姓(一般市民)』の生活ウォッチ」を続ける。
 日本総合研究所の中国法人である日綜(上海)投資コンサルティング有限公司などを経て、2012年2月から拓知管理諮詢(上海)有限公司のコンサルタント。