ビジネスブレイン太田昭和
会計システム研究所 所長
中澤 進

 ASBJ(企業会計基準委員会)が2012年4月3日に開催したオープン・セミナーで、IASB(国際会計基準審議会)議長のハンス・フーガーホースト氏のスピーチを聞いた。同氏が議長に就任した2011年から、Webキャストやスピーチ文書から同氏の考え方や人となりは垣間見ることができたが、実際に講演を聞くのは初めてだった。

 さすがは、オランダの財務大臣などを歴任した政治家である。「(基準の定義を)あまり厳密にやると、時間がいくらあっても足りない」と、基準の完成度よりも、落しどころを探ることを重視している感じだった。一連の言葉遣いからは、世界各国でIFRSの導入を説く宣教師というよりも、一流の営業マンであるとの印象を受けた。US-GAAP(米国会計基準)については「国際基準としては先がない」と言い切り、「(US-GAAPの設定主体である)FASBには日本人委員はいないだろう」などと、日本へ対して牽制球を投げていた。

 スピーチの最後は、「何度でも日本にやってくる」という言葉で締めくくった。「日本がIFRSの採用を明確にするまでは」という言葉が省略されているのは明らかである。米国が煮え切らない状況の中、GDP(国内総生産)で中国に抜かれたとはいえ、依然として経済大国である日本を味方に付けようという意図であろう。

合同会議はSECが方針を決めるまでの時間稼ぎか

 その日本はIFRSの導入に関して、相変わらずの「小田原評定」の状況が続いている。金融庁 企業会計審議会では相変わらず、「今後の議論・検討の進め方(案)」として示した11項目を審議している。

  1. 我が国の会計基準・開示制度全体のあり方
  2. 諸外国の情勢・外交方針と国際要請の分析
  3. 経済活動に資する会計のあり方
  4. 原則主義のもたらす影響
  5. 規制環境(産業規制、公共調達規則)、契約環境等への影響
  6. 非上場企業・中小企業への影響、対応のあり方
  7. 投資家と企業とのコミュニケーション
  8. 監査法人における対応
  9. 任意適用の検証
  10. 国内会計基準設定主体(ASBJ)のあり方
  11. 国際会計基準設定主体(IASB)のガバナンス

 この11項目は、2011年8月25日の企業会計審議会総会・企画調整部会の合同会議で金融庁が提示した。2012年3月の再開後第7回の合同会議で、1~4、6、8、10~11の8項目が検討済みとなっているとみられる。

 この11項目についてはほとんど議論もないまま、2011年10月17日の合同会議での「検討が必要であると考えられる主要な項目を順次、検討していくことでおおむね了解をいただいた」という会長発言でオーソライズされたことになっている。ただ、合同会議での議論のスローペースぶりは、米SEC(証券取引委員会)が方針を決定するまでの時間稼ぎをしているとしか思えない。

 企業会計審議会での“先祖返り”的な議論と相まって、ASBJによるIFRSへのコンバージェンス(収斂)の作業も一部滞っている。フーガーホースト氏の発言は、このような状況を見抜いた上でのものであろう。

 確実に言えるのは、証券市場のグローバル化に伴い、上場企業の情報開示のための度量衡をグローバルレベルで標準化する必要があるということである。これはもはや避けては通れない。その候補として、フーガーホースト氏が常日ごろ言っているように、IFRSが最も近いポジションにあるのは間違いない。