「コミュニケーションは心と心」「コミュニケーションは心のエネルギーのやり取り」などと言われるように、コミュニケーションの基本は、人と人との心のふれあいにある。そのため日ごろからメンバーと積極的に会話したり、時には「飲みニケーション」なども使ったりして、PM(プロジェクトマネジャー)はメンバーとの心の壁を取り払うようにしておくべきである。

 このことは100%正しいであろうし、誰も異論はないはずだ。しかしコミュニケーションを精神論で片付けて、ルールや決め事など必要なことを一切取り決めないのは、業務にかかわる情報をやり取りする報連相としては十分とは言えない。PMは心のふれあいができさえすれば、報連相はうまくいくと思ってはいけないのである。

コミュニケーションに自信があったMさんのケース

 Mさんは人当たりが良く、日ごろから誰彼となく仲良くしていることから、システム部門の中でも人気者だ。その人間性を買われ、Mさんは新たにメンバー8人からなるプロジェクトのPMを担当することになった。

 一般にプロジェクトの失敗要因として、コミュニケーション不足が挙がることは多い。しかし、Mさんは「自分はコミュニケーションには自信がある。なのでその武器を活かしてプロジェクトを成功させよう」と張り切っていた。

 コミュニケーションの基本は挨拶だ。Mさん率いるプロジェクトメンバーの中には、この挨拶が苦手なタイプが多かった。そこでMさんは「おはよう」「お疲れ様」「お先に」と積極的に挨拶を交わすようにした。そうしているうちにメンバーも徐々に良い挨拶を返すようになってきた。

 Mさんはニコポンも得意だ。ニコポンとは、ニコニコしながら仕事中のメンバーの肩をポンと叩き、親しげにする術だ。「調子はどう?」「ちょっとやってもらいたいことがあるんだけど」といった感じでメンバーに話しかける機会を増やす。メンバーも「まずまずです」「いいですよ。何でしょうか」と応じて、良好な雰囲気になっていた。

 さらに飲みニケーションも怠らなかった。プロジェクトの節目には打ち上げ、新しいメンバーが加わったときには歓迎会と、Mさんは飲み会を開催。そこでメンバーが日ごろ言えない悩みやグチを聞いてプロジェクトチーム内に潜む問題をいち早く察知できるようにしていた。

コミュニケーション図るも徐々に遅延

 ところがMさんがメンバーとコミュニケーションを密に取っているにもかかわらず、プロジェクトは徐々に遅れ出してきた。プログラミングフェーズの完了予定時期になったのにもかかわらず、プログラムはまだ半分しかできていない。

 遅れを取り戻すため、Mさんはメンバーを追加投入して結合テストフェーズを先行スタートさせた。しかし結合テストの担当者から「品質はボロボロ、単体テストの実施内容が甘い」と指摘されるありさまだった。

 上司であるシステム部長に「どうなっているんだ!」「こんなになるまで、何を管理していたんだ!」と怒鳴られたMさん。「きちんとコミュニケーションはできていたんですが…」と消え入るような声で言い訳しながら「本当に報連相ができていただろうか」と内心で自問自答していた。

 メンバーたちはそれまで、Mさんに対して「いくつかの課題が出てきてちょっと遅れ気味ですが、何とかなりそうです」「スケジュールが押してテストの時間が短くなってしまいました。ですがすぐに巻き返します」などと報連相をしていた。

 Mさんはその都度、「本当にやばくなりそうだったら言ってくれ」「巻き返しにがんばってもらいたい」とメンバーに言葉を返してはいた。しかしメンバーの報告内容についてそれ以上踏み込むことはなかった。

 結合テストフェーズで直面した問題に対して、Mさんはなんとか人海戦術でリカバリーを図った。ところがこの段階での遅れをカバーするのは容易ではなかった。結局、納期を3カ月も遅れてしまった上に、追加投入した分のコストも大きく、悲惨な赤字プロジェクトとなってしまった。メンバーとの信頼関係も崩れてしまい、今でもメンバーとはぎくしゃくしたままだ。