社会学者が自らの研究を通して、「多様性を持つ組織こそが、変化の激しい市場環境に順応でき、革新的な成果を生み出せる」という結論を導く。著者はこの結論のために、調査対象の組織に入り込んで人々の行動様式を記録する「エスノグラフィ」と呼ぶ調査手法を用いた。本書では、社会主義国家の工場など三つの組織でエスノグラフィの結果を紹介する。組織の中で何が起こったかを詳しく紹介しており、読者はあたかも調査研究に参加する感覚で読み進められる。

 著者が指摘する強い組織とは、異種のスキルを持つ個人が横の関係を築き、個人の評価軸も一律でなく、それゆえに摩擦や不協和音が生まれる組織を指す。権限は現場に委譲され、個々のスタッフは縦の指揮命令より横の連携で生じる責任感に基づき行動する。

 事例のうち、1980年代のハンガリーの機械工場での調査が興味深い。現場の従業員らは勤務時間外の副業を認めた当時の政策に従い、自分たちで経営する第2企業を設立する。自らの技能を証明したい従業員の意欲を反映し、第2企業は本業を上回る成果を上げる。すると工場では経営幹部を巻き込み、社会主義の原則である「働きに応じた報酬」を巡る論争が巻き起こる。

 最終的には官僚的組織や権力闘争に阻まれ、第2企業は廃止される。しかし二つの経営手法の間で、経営者の要件や従業員の評価方法を再考する機運が生まれ、この経験は東西冷戦の終結後に生きてくる。

 米国の新興ネット企業と、金融派生商品のディーリング企業で実施した調査も示唆に富む。例えばネット企業では、案件ごとにプログラマーやデザイナー、ITアーキテクトらが混成でチームを組む。仕事の進め方や評価を巡って摩擦が起こるが、互いの責任感が作用し問題が解決されていく。この企業は、大企業から転職したプログラマーが「誰からも指示がない」と訴えるや、1週間で解雇したという。

 研究成果を紹介した学術書で難解さは否めないが、強い組織をじっくり考察したい人にぜひ薦めたい。

評者:村林 聡
銀行における情報システムの企画・設計・開発に一貫して従事。三和銀行、UFJ銀行を経て、現在は三菱東京UFJ銀行常務執行役員副コーポレートサービス長兼システム部長。
多様性とイノベーション

多様性とイノベーション
デヴィッド・スターク著
中野 勉/中野 真澄訳
マグロウヒル・エデュケーション発行
2625円(税込)