8月に、深センではユニバーシアード(若者の世界陸上競技)が開催されていた。多数の旅行者や中国国家の要人などが行き来して深センの交通は麻痺状態である。通常30分で行ける場所まで5時間かかったという話も聞いた。深センは、今や人口1300万人を超え、東京よりも巨大な中国最大の商業都市となっている。けれど、こうしたときはビジネスより国家の行事が優先されるというわけだ。

 さらに、一昨年に開通したばかりの幹線道路の幾つかは工事中で、まともにハイウエーを走ることもできない。街の人曰く「工事費用の多くはわいろに消えるから、まともな道路ができない」。予算がちゃんと工事に使われていれば、こんな欠陥道路にはならず、追加工事などしなくて済むのに、ということらしい。

 成長著しい中国ではあるが、中国ではいまだに自由に商売ができるわけではない(ちなみに香港人は、中国本土を「大陸」と呼ぶ。自由な地=香港を共産党が支配する中国と区別して呼んだ時代の名残りらしい)。たくさんの人が行き交う香港と深センの国境(正確には特別区の境)を越えるとき、深センは、やはり社会主義の街なのだなとつくづく思うことがある。

 そもそも大陸では、競争原理が働かない部分がかなりある。コンシューマー向けのビジネスでは、消費者の力が強く競争原理も働く。けれど、ある程度の成功を収めると、思わぬ妨害に出くわす。そんなことがあるので、中国軍(人民解放軍)のお偉方を会社の役員に迎え、ただならぬ事態に備える会社が多い。

 そんな大陸に初めて進出するのに、多額の投資をして現地法人を設立する日本企業が多い。それがよく分からない。私は、中国に進出する際には香港に投資して資本をプールし、必要な分だけを大陸に持ち込むやり方を常々提唱している。大陸に資金を入れるということは、資本主義国である日本とは経済の仕組みがまったく違う、社会主義という経済の仕組みにお金を入れることである。その違いをよく知らずして、大きな資本を投入するのは、蛮勇というものではないかと思うのである。

 一度、大陸に入れた金を外部に持ち出すことはとても難しい。大陸に投資された金は、中国企業、すなわち国家への投資となり、国家のアセット(資産)になったとみなされる。だから、資本金や余剰金を組み替えて大陸の外に出すことはほぼ不可能だと考えた方がよい。外部に出せるのは、配当のみだ。配当は、あくまでも利益の処分金なのでアセット(資産)ではない。だから「大陸」の外部に持ち出せる。

 これは、日本企業にだけ課せられた不自由さなのではない。中国人が経営する大陸の企業でも、香港を含む海外に資金を移動させる場合は中国資産管理局の許可が必要で、その審査のために半年以上も待たされることがざらなのだ。よく潤沢に資金を持つ大陸の投資家は「日本企業に投資したい」というが、実際に投資されるまでには長い時間がかかる。結局、話ばかりで投資は実行されず、ただ振り回されただけなどというケースも多い。要するに、大陸の金は、国家のアセット(資産)であり、勝手に外国に持ち出したり対外投資したりすることはご法度なのである。

 このような原則から中国では、会社を解散させるのが難しいとよくいわれる。日本企業が中国から撤退をするケースがままあるが、そのための労力も甚大である。大陸の中にある企業のアセット(資産)は、勝手に処分できないというのが建前だからだ。日本から持ち込んだ機械や設備を日本に持ち帰るのはダメ、転売もアセット(資産)の移動だから、簡単にはできない。だから、日本企業は「中国では商売を辞めることもできない」と嘆く。処分、処理をするのに多額の時間とコストがかかるのだ。先日、日本企業で中国撤退をたった2年で完了させたというツワモノから話を聞いたが、成功のカギは政府との関係という。

 売り上げの入金を銀行から引き出すだけでも一苦労である。顧客が銀行に代金を振り込んでくれたとしても、その入金に見合うだけの売り上げがあることが証明できないと振り込まれた代金は口座に入金せず、現金を銀行から下ろすことができないのだ。例えば、物品を販売し、その代価を振り込んでもらったら、その販売証明(契約書等)を見せて初めて口座からお金が下ろせるという仕組みだ。

 だから、「三角商流」には注意しなくてはならない。三角商流とは、中国で作ったものを日本で販売、入金は香港を経由して中国に入れるというやり方だ。国際貿易ではこの様な取引は一般的に行われている。しかし、中国では「香港からの入金に相当する香港への輸出がない」ということになる。だから、通帳にはお金が入金されない。香港などに中間法人を置いて大陸、海外間の貿易をしている会社は、特にこの仕組みに気をつけなければならない。

 コスト管理と領収書の扱いも厄介である。中国で認められる領収書は、国が管理する番号が記されているものに限られる。その領収書を発行するには、専用の領収書発行装置を導入する必要がある。それ以外の手製の領収書は、税務申告では認められない。だから、課税対象である利益が想定外に膨らむ。領収書が足りない分だけ利益が膨らみ、税金が増えるのだ。そんな事情があるから、現地の人たちは一生懸命、国家の番号が付いた領収書を集める。色々な中国人経営者から領収証が欲しいと頼まれて、よく飲食の領収証を渡すのだが、飲食に関わる経費の算入は売り上げの10%程度までなど決められている。

 一方、大陸のお隣の香港では、キャピタルゲイン課税はゼロ。だからキャピタルゲインに関する売り上げ、コストに関するものと申告すれば税金も掛からないし領収書すらいらない。いくら持ち込んでも、いくら持ち出しても関係ない。本当に香港はタックスヘブンの国だ。ただし、タバコや自動車など一部の嗜好品には高い関税がかかる。

 私たちは、資本主義経済に慣れ切っている。だから、こうした違いがあることをつい忘れてしまう。頭では分かっていても、なかなかそれを前提とした行動、判断ができないのだ。だから、そのことを強く、常に意識しておかねばならない。多くの人達のように「大きな失敗をやらかして、やっと思い知った」ということがないように。

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山田 太郎(やまだ・たろう)
株式会社ユアロップ 代表取締役社長
1967年生まれ。慶応義塾大学 経済学部経済学科卒。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)などを経て、2000年にネクステック株式会社(2005年に東証マザース上場)設立、200以上の企業の業務改革やIT導入プロジェクトを指揮する。2011年株式会社ユアロップの代表取締役に就任、日本の技術系企業の海外進出を支援するサービスを展開。本記事を連載している、中国のビジネスの今を伝えるメールマガジン『ChiBiz Inside』(発行:日経BPコンサルティング)では編集長を務める。