写真1●農産物の販売会社いろどりが配布したタブレット端末とそれを利用する農家の女性
写真1●農産物の販売会社いろどりが配布したタブレット端末とそれを利用する農家の女性
農家は外出時や家事をしながらでも商品の受注操作ができるようになった

 2011年11月に90歳になった農家の針木ツネコさんは、縁側に腰掛けタブレット端末を熱心に操る(写真1)。眺めているのは農作物の売り上げデータだ。「一昨日はすごく頑張った。でも昨日は子どもたちと出掛けてしまったから売り上げが少ない」と悔しがる。

 これは徳島県上勝町の光景だ。上勝町では、農産物の販売会社「いろどり」が農家に委託し葉っぱを採集している。料理を飾る「つまもの」用として、南天、ウラジロ、笹、青モミジなど約320種類の葉っぱを、全国の料亭やレストランなどに提供するためだ。いろどりは農家から葉っぱを集めて全国の青果市場に卸す。その農家の一人が針木さんだ。

 葉っぱを生産・販売する農家は上勝町に約200件ある。従事者の平均年齢は70歳で、多くが女性だ。いろどりの横石知二社長は「年収1000万円を超える農家もある」と話す。日本における農業のビジネスモデルとしては、成功例とみなせるだろう。

「次は負けたくない」

 その成功を支えるのが、農家のIT武装だ。いろどりは農家にタブレット端末やデスクトップPCなどを配布している。農家はいろどりが青果市場などからどの程度の注文を受けているかを確かめ、タブレット端末などを操作して受注を確定する。PCでは日次の商品別売り上げを確認することも可能だ。

 こう書くと特別な仕組みではないように思えるかもしれない。だがいろどりは、農家のシステム活用を促す二つの工夫を盛り込んでいる。全農家の商品別の売り上げなどを公開していることと、高齢者でもストレスなく操作できるユーザーインタフェース(UI)などを採用していることだ。

図1●商品別売り上げの画面例
図1●商品別売り上げの画面例
他の農家がどの商品をいくらで販売したかが分かる
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 一つめの工夫について、いろどりは各農家が全ての農家の売り上げデータを見られるようにしている(図1)。他の農家のデータについては、農家を識別する「生産者番号」ごとに商品別の売り上げを公開している。このため、どの農家がどの商品をどれだけ販売したかが手に取るようにわかり、自身の売り上げと容易に比べられる。自身の売り上げが全農家のどの程度の位置にあるかをつかむことも可能だ。

 売り上げデータを公開する理由について、いろどりの横石社長は「農家の競争意識を刺激することにある」と明かす。冒頭の針木さんは、「他の人に負けると、次は負けたくないと思う」と断言する。針木さんは以前、売り上げでトップを取ったことがある。その時の気持ちについて尋ねると、「すごくうれしかった」と表情を緩める。

 横石社長は「上位を激しく争う人は、互いを強く意識している」と話す。いつも2位の人が1位になると、首位陥落した農家を上機嫌で訪ねて「元気にしてるか」などと声を掛けるケースがよくあるという。