中国と日本では、商習慣が相当に違う。それを熟知していないと、商談の失敗率はぐんと高まることになるだろう。それを防ぐ最も効果的な対応策は、中国の商習慣をよく知ることである。けれども、中国に駐在しているスタッフは、2年~3年で日本に帰ってしまうケースが多い。ようやく分かってきたころには任期満了となってしまうのである。

 それを補うのは、現地採用の中国人スタッフということになるのだろう。けれども多くの日本企業は、現地スタッフにあまり裁量を持たせようとはしていないようだ。せっかく現地スタッフがいても、大型商談になると本社から部長とかの幹部が飛んできて「どんなことがあっても受注せよ。しっかり仕様を確定させて利益率もよく考慮し・・・」などと檄を飛ばす。こうして商談の準備は、すべて本社から持ち込まれた受注方針とプロセスに従って進められることになるのだ。日本の著名コンサルティング会社も、こうした海外販売プロセスの標準化を推奨しているのだという。この制度を採用すれば、海外現地法人で販売プロセスを変更することはご法度になるのだとか。多くの日本企業は、中国に進出することには熱心だが、どうも現地化には不熱心のようである。

 対照的なのは、お隣の国の韓国だ。代表的な企業であるサムスンも、強烈に現地化を進めている。現地に派遣されると、シェアを獲得して成功するまで帰国が許されない。同社には「地域専門家制度」があり、入社3年目の課長代理から毎年300名程度の優秀な社員を選び、世界各地に送り込むのである。この制度は1990年にスタートしているから、2010年までの間に4500名以上が派遣されたことになる。そもそも同社では、TOIECで920点以上がとれないと課長にはなれない。海外勤務を前提にしているからだ。そして、派遣された社員の多くは長期にわたってその地で働き、現地化する。これが今世界を席巻する韓国サムスンの世界戦略である。

 日本企業も、まったく無関心というわけでもなさそうだ。その証拠に、「○○所長」といった肩書き持つ、日本語が話せる中国人スタッフの方にしばしばお会いする。けれど、彼らの多くは、本社から派遣されてくる日本人スタッフに意見を言うこともできないという。所長とは名ばかりで、通訳としてか遇されていない場合も多いようだ。そうした方に商談などでお会いすると、思わず「もっと自己主張して商談の前面に出たらいいじゃないですか」と言ってしまう。すると決まって「何でそんなことしなければならないのですか、私の会社でもないし、いつ辞めるかも分からないし」などという答えが返ってくるのだ。さらには隠していた別の名刺を私に見せて「そんなことより、こちらのビジネス一緒にやりませんか?」と勧誘されたこともあった。確か、最大手日本企業の現地スタッフの方だったと記憶している。

 それはまずいと気付くのか、現地で採用するのではなく、日本でのビジネス経験が長い中国人スタッフを現地に派遣するケースもある。ただ、こうしたスタッフは通訳という枠からなかなか踏み出そうとしないようだ。こうした大手商社の中国人スタッフにこっそり「なぜ」と聞いたことがある。するとその方は、「実は私、ずっと日本で働いて生活してきたので、最近の中国のことがよく分からないので」と打ち明けてくれた。少なくとも中国に2年以上はいないと、最近の変化に追いつけないのだと。

 グワンシ(関係性)という問題もある。中国人同士でも、同郷だったり、知り合いの知り合いだったりといったグワンシがないと「仲間」として本音の話をしてもらえないということがあるようだ。グワンシがない人は同じ中国人であろうと他人とまったく同じなのである。このことを知らず、日本企業は「言葉さえ喋れればなんとかなるはず」と考える傾向が強いのかもしれない。

 こうした環境下で、どうすれば商談を成立させることができるのか。多くの中国人同士の商談を見てきた経験からいえば、答えは簡単である。機械を売るのであれば、「とにかく、御社にいいのはこの機械です。同じ機械を、○○も△△も買っています。お貸しできないので現場にみんなで見に来てください。その場で決めましょう。社長さん来てください」と言えばいいのである。売り込むべき製品を松竹梅ぐらいにクラス分けしておき、難しいこと抜きで売り込む。

 そのとき留意すべきことがある。値切りには応じてもいいが、タダで何かをしてあげたりはしないことだ。そして、前回のコラムでも述べたが、商品を渡すときに必ず現金で支払ってもらうこと。分割にしたら、2回目以降は支払ってくれないことを覚悟しなければならない。これさえ注意しておければ、日本より商談は簡単、うるさいことはまず言われない。とにかく、彼らは日本企業と違い、滅茶苦茶儲かっているのだということを忘れてはいけない。

 日本では、デフレでものが売れないから「お客様は神様」と何でもお客様の言い分を受け入れてしまいがちだ。モノの価値やサービスの効用よりお客様のわがままが優先されるのである。それでも損をしないように、時間を掛けて見積をしっかり作り、値切られたら仕様を落として対応するというやり方が身に染み付いてしまったのかもしれない。

 この方法は、中国では通用しない。値切られたら仕様を変更するといっためんどうな手順を踏んでいると、商談そのものが消えてしまう。中国企業は、とにかくたくさんの先端製品を買いたがっている。高額のものでも、数度の商談で買うか買わないかを決める。社長がいれば、その場で決まることも多い。だから、シンプルに勧めればよい。これで何ができるか、他社と何が違うか、費用対効果はどうか。これだけの説明で十分なのである。値切られると困るなら、それを見越して価格を乗せておくだけでよい。価格を下げるために仕様など変更する必要はないのである。

 それがなかなかできない。即断したがっている中国人社長を前に、ついつい日本人の担当者は、くどくどと細かい説明をしてしまう。それを聞いて中国人社長はこう判断するのだ。「技術を出し惜しみして売る気がないのだ」と。

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山田 太郎(やまだ・たろう)
株式会社ユアロップ 代表取締役社長
1967年生まれ。慶応義塾大学 経済学部経済学科卒。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)などを経て、2000年にネクステック株式会社(2005年に東証マザース上場)設立、200以上の企業の業務改革やIT導入プロジェクトを指揮する。2011年株式会社ユアロップの代表取締役に就任、日本の技術系企業の海外進出を支援するサービスを展開。本記事を連載している、中国のビジネスの今を伝えるメールマガジン『ChiBiz Inside』(発行:日経BPコンサルティング)では編集長を務める。