中国で取引を成功させるために必ず理解しておくべきことは、「面子(メンツ)」の重要性だ。

 中国では「売掛金が回収できない」「すぐに会社をやめてしまう信用ならない担当者が多い」といった話をよく聞く。一方で、長年、契約書もなく口約束で多額の重要取引を問題なく成功させているケースもある。この違いはどこからくるのだろうか。

 「製品を買っていただきありがとうございます。支払いはこの条件で。この内容をハンコ付きの契約書にまとめていただけませんか」。中国ビジネスの初心者だったころ、私はいつも食い下がるように中国側の相手にお願いをしていた。すると決まって、こう言われたものだ。

 「そんなに欲しければ何枚でも作りますが、こんなものに何の役にも立ちませんよ」と。「では、政府とか公的な証明のある書類にしてもらえませんか」とお願いすると、「意味があるとは思えませんが、地方政府の書類ならお金を支払えば簡単に作れます」との返答。何だか釈然としないが、とりあえず作成をお願いした。出来上がってきた地方政府発行の書類をみると、右下に紅い星マークをあしらった××政府のハンコが燦然と輝いている。

 けれども肝心の支払いは、一向に実行されない。「政府のお墨付きをもらった契約書まであるんですよ」と食い下がるが、先方は「代金を半額にしてもらえないか」という返事を繰り返すだけ。すでに納品した製品は「気に入って使っている」という。それでも約束の代金は支払わないというのだ。

 しつこく請求するが、「支払えないものは、支払えない」「製品は返品するから取りに来てくれ」と身も蓋もない返事。先方はもう製品を使い始めているわけだから、返してもらってもそれはすでに中古品。売っても新品の半額にもならない。そのようなわけで必死で粘り、ようやく3回分割で払ってもらうことにした。

 で、まずは最初の金額を回収。次は3カ月後だったが、支払い期限を過ぎても振込はない。あわてて請求すると「3回目は支払えないので、これで終わりにしてほしい」との突然の申し入れを受ける。それは困ると言えば「だったら2回目も払わない」と開き直られる始末だ。結局、3回目は支払ってもらえなかった。そして彼の言う通り、地方政府お墨付きの書類は何の役にも立たなかった。

 この問題について懇意にする中国人ビジネスマンに相談したところ、「製品と現金は交換でないと絶対にダメ。2/3も払ってもらえたのはいい方よ」と慰められた。要するに、こういうことだ。支払いが終わるまではまだ「値切り交渉期間中」で、契約書があるから「終わった話」と思っているのはこちらだけ、支払いが完了してやっと交渉はクローズ(完了)と理解するべきなのだ。

 彼らの感覚では、まったく代金を支払わないのは泥棒や詐欺だが、代金をとことん値切るのは「買い物上手」なのである。そして強引な値引きは、非難されるどころか商売上手とポジティブに評価されることすらある。最近は中国企業も考え方を変えてきており、約束した契約通りに事が運ぶケースが増えたように思う。それでも旧来でいう「商売上手」な相手は、油断できないほどたくさんいる。

 そんな相手に負けないほど商売上手になるにはどうしたらいいのか。それは、中国で最も重要なもの、もしかしたら命より大切なものをうまく使うことだろう。すなわち、「面子」である。

 例えば、相手が重要だと思っている人を相手との交渉の「仲介役」として巻き込む。もし取引で値切られそうになったら、その仲介役を引き合いに出し、「値切られたらその人にお礼ができなくなる」とか、「期日までに支払ってもらえないなら、代わりにその人に支払ってもらえるよう相談してみる」とやる。するとあっさり問題は解決したりする。交渉の際は仲介役に同席してもらい、「この取引は自分にとっても重要なものなんでね、よろしく」くらいのことを言い添えてもらえれば、申し分ない。

 中国人にとって、面子はとても大切なものなので、相手の面子を潰してまでも値切ったりはしない。契約書の内容は守らなくても、面子は必ず守るのである。

 日本にも「面子」という価値観はある。しかし、日本でそれが重視されるのは、企業や組織内においてである場合が多い。そのことは、日本ではどんな会社や組織に属しているか、どんな肩書きなのかが重要視されることと無縁ではないだろう。まさに、日本のビジネスマンは会社のエージェント、だから会社からの評価や面子を最も気にするのかもしれない。

 一方、中国では「会社を超えた個人同士のつながり」こそが大切なのである。だから、名刺などあまり重要視しない。肩書きや名刺を複数もっている場合もある。会社と別のビジネスの話を平気でし出す人も多い。名刺の肩書きより、誰の紹介なのか、どんな人物がその人の背後にいるのか、どんな人物と付き合っているのかといったことのほうがよっぽど重要なのである。

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山田 太郎(やまだ・たろう)
株式会社ユアロップ 代表取締役社長
1967年生まれ。慶応義塾大学 経済学部経済学科卒。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)などを経て、2000年にネクステック株式会社(2005年に東証マザース上場)設立、200以上の企業の業務改革やIT導入プロジェクトを指揮する。2011年株式会社ユアロップの代表取締役に就任、日本の技術系企業の海外進出を支援するサービスを展開。本記事を連載している、中国のビジネスの今を伝えるメールマガジン『ChiBiz Inside』(発行:日経BPコンサルティング)では編集長を務める。