かつて、中国企業の事業を買収した担当役員の失敗談である。

 買収先は、中国の優良企業の事業部門で買収時の業績は良好であった。扱っている製品は外国から仕入れたコンピューターソフトウエアで、中国市場における独占販売権も持ち代理店政策でも成功し中国全土への展開も図っていた。

 なかなかよいではないか。でもちょっと気になることもある。例えば、買収企業の入っていたビルが老朽化し汚かったこと。悪名高き「扉がないトイレ」を使っていた。これでは中国人社員に気持ちよく働いてもらえないだろう。そう考え、資金を投入して事務所を移転、看板も新しく付け替えていよいよ事業を再スタートさせた。

 新オフィスへ移転した直後の滑り出しはとても順調で、新スタッフが増え、オフィスは活気に満ち溢れていた。ここは一気呵成にということで、ERP(統合業務パッケージ)システムを新たに導入、全国での販売状況もきっちり管理できるよう環境を整えた。これで中国展開の管理面は完璧である。

 それから3カ月が経った。しかし一向に売り上げが上がらない。その原因をスタッフに尋ねてみると「販売が好調なので在庫が不足して、販売をこれ以上伸ばせない、だから最終受注につながらない」という。なるほど中国の市場成長力は強い、であれば、すぐにでも在庫を増やし顧客のニーズに応えるべきだろう。早速、資金を再投入し、在庫を増やした。すると今度は、「引き合いが多くて販売員が足りない」という。もちろんそれにも対応した。追加採用で営業担当者を増員したのである。

 その効果が上がってきたのか、ERPシステム上では販売実績の数字が徐々に上がってきた。販売予測の数字も上向きだ。そこでさらに在庫を積み増し、販売店拡充のために営業マンも再募集した。イケイケである。これが急成長を遂げる中国市場の実力なのかと驚愕しつつ、事業を拡大していった。

  そのうち、妙なことに気づく。売り上げは上がっても利益が上がってこないのだ。利益どころか、売上金の未回収分がどんどん膨らんで、みるみるうちに会社のキャッシュが減っていく。

 驚いて原因を探ってみると、現場では、勝手にダンピングをして販売していたのである。なかには、他の会社にも籍を置き、同じ顧客に抱き合わせで他社の様々な製品を売っている営業担当者までいる始末。もちろん、その担当者の出張代や給与は会社持ちである。

 調査が進むにつれて、さらに深刻な状況が明らかになってきた。ERPシステム上での販売実績数量が売上金額とちっとも連動していないのだ。代理店や現場の営業担当者は、在庫を確保するためにERPシステム上の数値をせっせと入力する。けれども実態は、ただ同然でソフトを売っているケースもあった。

 販売の報奨金制度も事態を悪化させていた。報奨金の支払いを売上時点としたために過度な押し売り販売となっていたのだ。当然、顧客からのキャンセルが相次ぐ。3回払いで販売すれば、1回目は払ってもらえても、2回目以降は回収できる保証はない。3回目まで回収するのは、ほぼ不可能と思ったほうがいい。大手企業を顧客とした場合も同じ。販売報奨金を売り上げ成立時点に払ってしまえば、誰もその後の売り上げを回収しようとはしないのだ。

 こうして多額の報奨金をせしめた営業担当者は、一定期間を過ぎるとどんどん辞めていく。当社の製品を一度買った顧客は、当分の間は新たな製品を買ってくれない。だから、一通り売ってしまった営業担当者はさっさと転職し、同じ顧客に今度は他社製品を売ろうとするのである。

 こうした状況は、完全に想定を超えたものだった。オフィス環境を整備して高い給与を支払えば、モラルの高い営業マンが入社し、会社のために働いてくれると考えていたのである。しかし、これはどうも日本的なやり方が中国でも通用するという思い込みだったようだ。給与が高いからといって、それで満足して「これ以上は求めません、ひたすら社のために尽くします」などという社員は当地にはまずいない。

 いや、日本にもすでにいないかもしれない。考えてみれば、ピカピカのオフィスだって経営者のエゴでしかないのかもしれない。「きれいなオフィス=会社の熱意→やる気を高める」などと単純にはいかないのだ。

 「まったく中国のビジネスマンはなってない、悪いやつばかりだ」と憤慨してみたが後の祭り。在庫は膨れ上がり、人件費はかさむ。しかも、稼ぐだけ稼いだら、みなどんどん辞めていく。こうして事業からの撤退を迫られたのである。

 中国では、資金が投入されれば全て使ってしまう。大切に使おうという発想はない。純粋なだけで、別に悪気はないのである。彼らは与えられたカネを目一杯使い、営業活動をした。それだけのことである。同様に、数量に対してインセンティブが与えられたら、どんなにダンピングをしてでも目標数量は売ろうとする。目標達成に対する心意気は相当なものだ。

 その行動様式を正しく理解しなければ、中国でビジネスはできない。利益を出そうとするなら、何をいくらで売って、どう利益を出すのかをキチンと決めて進めなければならない。「利益を出してこそビジネス、それは常識だろう」と思うかもしれないが、それも教えなければ分からない。「利益を出すのは当たり前」というのは、日本人の発想でしかないのだ。

 中国で仕事をすると、これらは全て当たり前のことだったのだと気づく。いや、日本が特殊なのであり、中国ばかりではなく経済発展する諸外国ではこれが当たり前なのかもしれない。それを知らなかったこの担当役員は、絵に描いたように、中国での失敗パターンを遂行した。そしていまも、多くの企業、多くの人たちによってその失敗は繰り返されている。

 その根っこにあるのは、「そんなことは考えれば分かること」「会社のために社員が最善を尽くすのは当然」といった既成概念にあるのだと思う。自らのチャンスを求めて転職を繰り返す中国人は、会社を「あるときたまたま所属している組織」程度にしか認識しておらず、「雇われれば何でもやる」わけではまったくない。名刺交換で真っ先に会社名と肩書きを確認する日本人と、名刺などより誰の紹介かを重視する中国人とは、そもそも会社に対する考え方が違うのだ。

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山田 太郎(やまだ・たろう)
株式会社ユアロップ 代表取締役社長
1967年生まれ。慶応義塾大学 経済学部経済学科卒。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)などを経て、2000年にネクステック株式会社(2005年に東証マザース上場)設立、200以上の企業の業務改革やIT導入プロジェクトを指揮する。2011年株式会社ユアロップの代表取締役に就任、日本の技術系企業の海外進出を支援するサービスを展開。本記事を連載している、中国のビジネスの今を伝えるメールマガジン『ChiBiz Inside』(発行:日経BPコンサルティング)では編集長を務める。