アジアのIT駐在員が経験したことや直面した課題は、国や業種の違いなどにより様々だ。だが、奮闘ぶりから浮かび上がる「アジアで必要なIT人材像」は、「開拓精神」を持ち、「意思疎通」や「現地化」を徹底できる三つの能力が欠かせないという点で共通する(図1)。プロジェクトを通じ、アジアで必要なIT人材を育成する企業の取り組みを追う。
二人三脚で「意思疎通」力を磨く
中国・上海市の虹橋エリア。カシオ計算機の販売会社が入居するオフィスビルの会議室で、カシオ計算機 業務開発部の鈴木知子氏と、現地営業担当者の声が響く。日本語と中国語が飛び交う中、海外販社用システムの導入プロジェクトにおける要件定義のヒアリングが進む。鈴木氏は開発部隊のいる日本から出張し、上海で要件定義を実施。それを日本へ伝える役割を担う。上海への滞在中は、1回2時間程度のこうした打ち合わせが毎日続く。多い日は、約2時間程度の打ち合わせを1日3回も行うことがある。
要件定義で特に注意しているのは、現地担当者との意思疎通だ。現地での経験から、鈴木氏は海外での自分なりの要件定義の方法を編み出した。二人で同じPCを使いながら、確認事項を文書化するやり方だ。
上海では、エンドユーザーとなる現地の営業担当者と中国語の通訳を介して徹底的に業務状況や課題を聞き出す。営業担当者と会議室にこもり、必要な点は口頭でやり取りするだけでなく、手元のPC上のPowerPointを二人で見ながら文書化して内容を確認する。
こうした作業の手間に加え、商習慣の違いなどを相互に理解しなければならないため、「日本でのエンドユーザーからのヒアリングに比べ、2~3倍の時間がかかる」(鈴木氏)。しかし、これを徹底してやらないと日本での開発はままならない。「2012年4月までの約9カ月間にわたる中国のプロジェクトでは、要件定義のため最低でも5回は中国に出張することになりそうだ」と鈴木氏は話す。
カシオはアジアなど新興国拠点への販社システム導入を進めており、ここで上流工程を担当しているのが鈴木氏。これまでカシオの海外拠点は、個別に販社システムを構築していた。これを改め、社内標準の海外販社システム用のパッケージを作り、各国に展開していく計画。新興国の販売拠点へのシステム導入を簡易化し、事業展開のスピードを速めるためだ。まず、2012年前半にはブラジルと中国の拠点へ展開し、その後はインドやシンガポールなどへの導入を予定する。
カシオは、こうした海外プロジェクトへIT人材を投入し、現場で徹底的に鍛えている(図2)。竹村敦宣 業務開発部情報管理グループマネジャーは、「日本と海外をまたにかけてIT戦略を練り、海外プロジェクトの中核を担える人材に育てたい」と話す。販社システムの海外展開のような大きな海外プロジェクトは、若手を鍛錬するには格好の場とする。