スタートアップ創業者並みに活動した研究者

NSFのクラスに関してもう少し聞かせてください。一般にスタートアップ企業といえば若い世代が興すものです。NSFの科学者の年齢層はもっと高いのではないでしょうか。難しさはありますか。

 NSFの取り組みでは、チームには主任研究員と呼ぶリーダーを用意します。その平均年齢は大体45歳くらいです。チームにはほかに、教授付きの卒業生が務める起業家的リーダーを設けます。彼らは20歳代後半から30歳代の前半です。メンター(助言者)は、40歳代半ばの人が務めます。ですから、NSFのチームの年齢は一般的なスタートアップとは明らかに異なりますね。

 でも、驚いたことに彼らは予想とは違っていました。主任研究員は研究所にいれば数100人の研究者を管理しているような立場にいる人ですが、建物の外に出ることもいとわず、1日に20時間も働くんですよ。寝るときもテーブルの下だなんて、まるで20歳くらいの若者みたいじゃないですか。最初のグループでは、21チーム中19チームが、スタートアップ企業を続けたいと言ってくれました。

 彼らは、私たちよりも頭が良い人たちです。しかし、企業やスタートアップにとって重要なことを得る方法については私たちの方がよく知っています。そして、私たちの目標は彼らに答えを示すことではなく道を示すことでした。

 NSFの担当者もこう言ってくれました。「スティーブ、私たちは30年もの間、科学者たちにMBAの取得方法やビジネスプランの書き方、マーケット分析を教えてきましたが、何にもならなかった。しかし、このスタンフォード大学でのクラスを見て『これだ!』と感じた。科学者たちはどうすればいいか、知ることができた」と。

大企業には適用できるか

このアプローチは、既存の組織、とりわけ大企業にも適用できるとお考えですか。NSFはその一例なのではないかと思いますが。

 大きな企業には、別の問題があるのです。

それはどんなことでしょうか。

 ここが興味深いことです。私が長い間取り組んできた理論でもあります。過去50年間、多くの人はいつもどうやったらソニーやアップルみたいに革新的でいられるか、起業家精神とは何か、どうやったら実現できるのかと議論してきました。起業家精神を大企業に適用するときの課題の一つは、その企業がまだ4人のスタートアップだったときに起業家精神を得る方法を理解していなかったことを私たちが認めていないことです。不確定要素がたくさんある大企業のことを考える以前に、もっと単純なスタートアップ企業ですら説明がつけられていないのです。起業家精神というのは、まだ説明がついていない要素を組み合わせた複合体なのです。

 ただ、現時点で言えることはあります。「スティーブ・ジョブズの功績をリバース・エンジニアリングできるか」「ソニーの創業者が何をして、どうして間違った方向に進んでいったのか」――。この答えが、大企業に起業家精神をもたらす秘訣に近いと考えています。

 いくつかのルールを教えてあげましょう。スティーブのルールです。私のブログを思い出してください。大企業は実行する組織です。一方、スタートアップは模索する組織です。日本の企業をいくつか挙げてみましょうか。

トヨタ、シャープ、キヤノン…

 いずれも、新しい製品を出している組織ですね。「イノベーションのジレンマ」で知られるハーバード大学のクレイトン・クリステンセン教授が「持続的イノベーション」と呼ぶ製品のメーカーです。彼らが革新的ではないとは言いませんが、自身の中核技術をよく知っている企業です。

 彼らの各事業部は、情緒的あるいは金銭的な動機付けがあって、ノルマを達成すればボーナスが得られます。彼らは売り上げやマーケットシェアによって組織化されていると言えるでしょう。それが悪いと言っているわけではありませんが、毎朝9時に出社してタイムカードを押し、技術部門であれば製品を小さくすることを考え、販売部門であれば量販店での売り上げを伸ばすことを考える。善し悪しではなく、それが彼らの心地よい世界なのです。

 典型的な例はノキアとリサーチ・イン・モーション(RIM)です。携帯電話業界の中での遂行者だった彼らは電話機をもっと安く小さくし、通信事業者や国ごとの対応を進めました。彼らは持続的イノベーションの企業です。

 iPhoneが登場したときの彼らの反応は「自分たちの電話機の方が小さい」「プログラムがクラッシュしたらどうする?」「こちらは99%のマーケットシェアを持っている」。こんな感じでした。ここから分かることがあります。破壊的なイノベーションが起こるとき、最初はおもちゃみたいに見えるということです。既存のプレイヤーは往々にして一笑に付すばかりです。