利用者主導でシステム開発を行うための支援サービス。これが筆者の普段の仕事である。従来とは異なるスタイルなので、特に経営層の理解が進まず苦慮している。そうした中で感じることは、医療現場で行っている「インフォームドコンセント」を、システム開発に取り入れてもいいのではないかということだ。

 利用者主導とは、システムの発注側が開発会社に丸投げするのではなく、開発プロジェクトに積極的に関与していくスタイルだ。企業システムの開発プロジェクトでは、不測の事態は必ず起こる。その原因が発注側にあることも多く、発注側の関与があると迅速に解決できる課題は多い。システム開発プロジェクトの失敗リスクを下げるのに極めて効果的なスタイルである。

 しかし、このスタイルを受け入れてくれない会社は多い。情シス部門は賛同してくれても、経営層にはなかなか受け入れてもらえない。その主要因としては、システム開発に伴うリスクが経営層にまで伝わっていないことが挙げられる。本来、情シス部門の担当者が、システム開発のリスクをちゃんと経営層にまで伝えるべきだ。例えばデータ移行が予定通りに進まずサービス開始に間に合わないこともあるとか、システムに重大なバグが残っていないとは言い切れないとか。

 リスクを前もって説明するのは、医療現場のインフォームドコンセントに似ている。これは、治療内容を医師が勝手に決めるのではなく、患者に十分に説明して意思決定をしてもらうというものだ。筆者は何度か手術を受けたことがあり、そのたびにインフォームドコンセントを経験している。手術を受ける場合、術式の説明に加え、その手術にどんなリスクがあるのかを説明してもらう。恐ろしい副作用が起こる可能性などをさんざん聞かされた揚げ句に、同意のサインを求められる。正直なところ、失敗のお墨付きを与えるような釈然としない気持ちになる。しかし、冷静に考えると人体は複雑で完全な制御ができない以上、絶対安全な手術などない。この厳しい現実に思い至ると、最悪のリスクを理解して意思決定する必要があると得心できる。

 このインフォームドコンセントをシステム開発でも実施してはどうかと思うが、今は時期尚早だ。システム開発のリスクを受注側から説明すると、コンペで勝てなくなるのは確実だ。まずは、システム開発の難しさを経営層と共有する必要がある。多くの経営者は、システム開発はうまくいって当たり前という感覚を持っている。黙っていてもスケジュール通りに進むもので、機能面も性能面も要求はすべて苦もなく実現でき、稼働後のトラブルなど論外という認識だ。

 実際には、そうではない。システム開発を円滑に進めるには、不断の課題解決が必要である。企業における業務は、多くの人の活動が相互作用する生体のような複雑さを持ち、会社ごとに異なる。その一部として組み込まれ、新しい動きを実現するのが企業システム。運用に乗せるまで困難の連続なのは当然である。

 システム開発が高度な組織活動であり、構築されるシステムは想像をはるかに超えた複雑さを持ち、完全に制御できるものではない。この厳しい現実を、世の経営者に受け入れてもらうことからはじめなければならない。

 以前ならば、そんなことを言っていると、システムの開発や導入に二の足を踏む会社が続出したかもしれない。しかし、今やシステムの力なくしてグローバルな競争に勝ち残れない。現実に向き合った上での意思決定を求めてもよい時期が来ている。

 システム開発は一歩間違うと破綻する困難な作業であり、だからこそ優秀なプロジェクトマネジャーやITアーキテクトが必要になる。この構図を共有できなければ、発注側と受注側の健全な関係は生まれない。今こそこの認識合わせが必要だ。

林 浩一(はやし こういち)
ピースミール・テクノロジー株式会社 代表取締役社長。ウルシステムズ ディレクターを兼務。富士ゼロックス、外資系データベースベンダーを経て現職。オブジェクト指向、XMLデータベース、SOA(Service Oriented Architecture)などに知見を持つITアーキテクトとして、企業への革新的IT導入に取り組む。現在、企業や公共機関のシステム発注側支援コンサルティングに注力