今回の訴訟が浮き彫りにしたのは、Apple社のような企業との間では、たとえ膨大な特許群を保有しているメーカーであってもクロスライセンス契約に持ち込めない恐れがあることだ注1)。これまでエレクトロニクス企業の多くは、幅広い分野の特許を数多く取得しておくことによって自らの事業を邪魔されないようにすることを重視してきた注2)。他社との特許のクロスライセンス契約を前提とする考え方だ。Samsung社もその例外ではない。

構造変化がAppleに力を与えた

 これに対してApple社は、製品の差異化につながるソフトウエアやデザインの部分について、特許やデザイン特許、商標などのあらゆる権利を積極的に取得し、自らの事業を守るために“知的財産権訴訟の複合競技化”を仕掛けた()。Apple社が方針を大きく変えたわけではない。1999年に「iMac」のトレード・ドレスの侵害で訴えを起こしたように、デザイン面での知的財産権を主張するのは変わらない。

図●異なる文化が衝突
図●異なる文化が衝突
Apple社とSamsung社の訴訟は、両社の文化の違いをくっきりと浮かび上がらせた。特許の取得を最優先する企業と、そうでない企業とが激しい知的財産権訴訟を繰り広げる時代に変わりつつあることを示す。
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 変わったのは、エレクトロニクス産業の構造だ。エレクトロニクス機器の多くが標準的な部品の組み合わせで実現されるようになったことで、Apple社の戦略がうまく機能する可能性が高まったといえる。クロスライセンスを念頭に置いて特許の数を重視してきた機器メーカーは、知的財産権活用戦略の転換を迫られそうだ。

デザイン重視の動きも始まる

 国内でも、デザインやブランドの知的財産権を重視し始める動きが出てきた。日本知財学会が2011年11月に設立した「デザイン・ブランド戦略分科会」の第1回研究会には、同学会の分科会としては異例の人数が集まったという。

 「これまでメーカーの多くは“知財=特許”だった。知財学会も特許制度に重点を置き過ぎていたことは否めない。『今後は意匠(デザイン特許)や商標などの権利化で事業やブランドを守ることも考えていくべきだ』という意識の高まりから、デザイン・ブランド戦略分科会に注目が集まったのだろう」(東京大学 教授で日本知財学会 理事の渡部俊也氏)。

 同分科会の代表幹事を務める日翔特許事務所 副所長で弁理士の小田哲明氏は、「技術が重要なのは変わらないが、エレクトロニクス機器の知的財産権として、特許は絶対的な武器ではなくなりつつある。メーカーがデザインやビジネスモデルの革新に迫られる中、それを守る知的財産権活用戦略も考えるべきだ」と語る。

 パソコンやスマートフォン、タブレット端末などで起こったような技術のコモディティー化は、今後もさまざまな製品で進む可能性が高い。その中でどのように自らの事業を保護し、Apple社のような企業とわたり合うか。特許の数に頼ってきたエレクトロニクス企業に、新たな難題が突きつけられている。