ベンダーは運用を“お任せ”にする存在ではなく、サービスを一緒に育てるパートナーである。クラウドが変えるシステム運用の新常識の二つめがこれだ。

 クラウドでは、これまで以上にベンダーへの依存度が高まる。問題は、提供ベンダーから詳細な情報を得るのが困難なことだ。特に「パブリッククラウドでは難しい」と先行各社は口をそろえる。

 「安価で均質なサービスを提供するのが我々の仕事。物理サーバーの設置場所や構成、運用体制などを明かす必要はない」。ベンダーの言い分はもっともだ。だが、利用者が求めるサービス品質を確保するためには、運用部門こそがベンダーに意見したり情報を引き出したりしなければならない。

 ここで必要なのは、「サービスの質を高める」という共通の目的を持つパートナーとしての信頼関係をベンダーと作っておくことだ。それがあると、意見や情報を互いに交換しやすくなる。

 損害保険ジャパンやリクルートは、パートナーとしての関係をベンダーと結ぶための取り組みを進めている。

日本人受けするSaaS開発を支援

 「日本法人だけでなく米国本社を巻き込み、サービスの質を共同で成長させてきた」。損保ジャパンのシステム子会社であるNKSJシステムズの宮嵜義久 新事業第一本部新事業企画グループ統括部長は、パートナーであるセールスフォース・ドットコムとの関係をこう話す。

 損保ジャパンは2003年から、コールセンターや代理店で使うシステムの一部でセールスフォースのSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)やPaaSを採用している。現在、約4万6000の代理店にいる担当者37万5000人が利用中という。

 損保ジャパンがセールスフォースと会議の場を持つようになったのは、2004年から。損保ジャパンの働きかけで実現した。導入当初、システム障害が発生したり、米国時間の夜間にメンテナンスを実施する方針に悩まされたりしたのがきっかけだった。

 現在、損保ジャパンとセールスフォースは定期的に複数の会議を開いている。損保ジャパンとNKSJシステムズ、セールスフォース日本法人の担当者同士の会合は毎週実施。さらに米セールスフォース本社の研究開発担当者を交えた会議を月に1~2回、日米の経営層を交えた会議を四半期に1回、開催している(図1)。

図1●損害保険ジャパンがセールスフォース・ドットコムと設けた定例会議の概要
図1●損害保険ジャパンがセールスフォース・ドットコムと設けた定例会議の概要
損害保険ジャパンは、コールセンターシステムなどが動作するPaaS(プラットフォーム・アズ・ア・サービス)であるForce.comの安定稼働をめざし、提供元のセールスフォース・ドットコムと定例会議を設けた
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 損保ジャパンは会議の場を利用して、セールスフォースに直接要望を出す。これまで「ネットワークが不安定。早急に対処してほしい」「障害発生時は、まず電話で知らせてもらえないか。その後に障害状況と復旧の見込み時間、次の報告時間を書いたメールも送ってほしい」「性能に関するログをもっと細かく出してほしい」「ログを有償オプションではなく、無償オプションにしてほしい」などを要求した。

 NKSJシステムズの佐藤裕司 新共通システム本部 代理店システム第一グループ統括担当部長は、「一方的に要望を挙げているわけではない。むしろ、セールスフォースから『もっと意見が欲しい』と言われる」と話す。「セールスフォースは、日本の運用レベルの高さを理解している。要求に応えるサービスを提供できれば、我々のような日本の顧客にはもちろん、全世界での拡販につながると考えているようだ」(同)。

 同社が直接、セールスフォースに要望を伝えるようになってから「状況はどんどん改善されている。日本にデータセンターを建設することで、定期メンテナンスによる昼間の時間帯での利用停止も回避できそうだ」と、損保ジャパンの中田圭治 IT企画部課長代理は語る。セールスフォースのようなクラウドベンダーも、サービス改善のためのライフサイクル管理を実施している。そこに損保ジャパンの要望も反映しているわけだ。