イノベーション人材を育成する――。言うだけなら簡単だが、そもそも「イノベーションとは、どう進めていくものなのか」が分かっていないと、的確な人材育成はできない。後編では、東京海上日動火災「抜本改革プロジェクト」でのイノベーションの経験を基に、その当事者がイノベーション人材の育成方法を具体的に論じる。(編集部)

 サブタイトルにある「ビジネスとICTを融合する能力」とは、ICTを活用してビジネス戦略に沿ったイノベーションを起こすことと定義する。後編では、それを実行するための能力とは何か、そしてこの能力を持つ人材を育てていくにはどうすればいいか、を考えてみたい。

 イノベーションは、現場での変革をやり遂げることで実現するので、その能力を「企画」「実行」「完成」という3つの段階に分解して整理することにする。

イノベーションの企画に必要な3つの能力

 ここで述べるイノベーションとは、ICTの力を駆使して、存在しない新しいプロセスとかサービスを創造することである。創造するためには、次の3つの能力が必須である。

(1)要求開発とプロセス分析できる能力
(2)過去の神話を覆す力
(3)会社を動かす説得力

 まず、(1)要求開発とプロセス分析できる能力は、わかりやすく言うと、「紅茶をおいしくいれるために、どうしたらいいか」をプロセスの観点でしっかり分析できる能力である。「気合でおいしくする」とか「おいしくなるまでがんばる」という発想では無理で、紅茶のいれ方を科学することが必要である。茶葉はどういうものを調達し、どのように保存し、どのようなお湯で、どのような器に、どのように注ぐか、と、細かいプロセスにすべて落として分析することで、おいしい紅茶が実現できる。新しいプロセスやサービスの設計も同じことで、仕事のプロセスを分析し、そこからお客様に喜んでいただけるレベルのものを創造していくのである。決して、思いつきで創造はできない。

 「抜本改革」の核心ポイントである「代理店完結」の新プロセスも、徹底したプロセス分析の結果、苦労して編み出した新しいプロセスである。ICTを駆使することで代理店での負担感を排除し、むしろ代理店での効率化を実現し、お客様に喜ばれるスピードと正確性を実現した。これはまさに、プロセスの組み合わせを何通りも考え、創造していく作業であった。改革は、核心ポイントの新プロセスを見つけだすことで、初めて実現できるといっても過言ではないだろう。

 次に、イノベーションは、過去の延長線上にはないものを創造することであり、(2)過去の神話を覆す力が必要である。「抜本改革」の核心ポイントであるキャッシュレスという新プロセスも神話を覆すものであった。当時、保険業界には「即収の原則」といって、入金があって初めて保険が発効するという原則があった。しかし、キャッシュレスでは、契約した後に金融機関の口座から保険料を引き落とすプロセスなので、原則を破るものであったが、過去の多くのルールや商慣習などを改革し、大きなイノベーションを実現した。過去の神話を覆すのは、大変な努力が必要だが、何とかしようとする情熱が世の中を変えた。

 そして、(3)会社を動かす説得力が必要である。いい企画案ができたとしても、それを企業の組織決定にまで持っていくのはかなり難しい仕事である。特に、過去を破壊しているような案件だと理解者が少ないケースが多い。社内のそういう環境の中で、多くの人を説得して歩く力がどうしても必要である。粘り強く、時間をかけてでも理解者を増やしていく作業が会社や世の中を変えていく。3割くらいの人や発言力のある方を味方につければ、形勢が大きく動く。試行という枠組みで現場を巻き込んで成功体験を増やしていくなど、いろいろな工夫が必要である。

エンドユーザーを動かす実行能力

 イノベーションを実行するのはエンドユーザーである。エンドユーザーが“その気になる”状況を準備することが大事になる。そのためこの仕事では、ビジネス戦略を企画しているビジネスサイドの部門が大きな力を発揮しなくてはならない。イノベーションを実行するための能力としては、以下の3つの能力が必要である。

(1)エンドユーザーを本気にさせる企画力
(2)エンドユーザーに改革の意義を説得する能力
(3)改革の進捗をモニタリングする能力

 (1)「さあ、新プロセスを実践しましょう」と文書で伝えるだけで動き出すユーザーはいない。ユーザーは、会社の本気度をそっと眺めているし、自分の利益にどう結びつくか理解できなければ、決して現状を変えることはしない。そこが大変難しい仕事である。