ICTの利活用でイノベーションを起こす――。よく耳にするフレーズではあるが、「さて、ウチの会社ではどうすればいいか?」と考え始めると、うまくイメージできないことが多いのではないか。本稿は、東京海上日動火災の「抜本改革プロジェクト」を題材に、その当事者がイノベーションの進め方と人材育成の方法を論じる、絶好のケーススタディである。(編集部)

 ビジネスに貢献するICTとは、どのようなものだろうか。そして、ビジネス戦略と融合したICTを、CIOはどのように決断しているのだろうか。

 ビジネス戦略とマッチしていないICTは、どんなに大きな投資をしたとしても意味をなさないことは言うまでもない。ここでは、ビジネスとICTの融合をどのように決断していくべきかを実際に経験したプロジェクト(東京海上日動の「抜本改革プロジェクト」)を例に検証してみたい。

 この検証を通して、ビジネスとICTを融合する能力とは何かを整理してみた。その能力を身につけていく人材をどのように育成していけばいいか、という点も併せて考えていきたい。ビジネスとICTを融合する能力は、「先端技術を深堀りするような技術力」とは大きく違っている。ビジネス戦略の骨格を支える「経営能力」と考えるべきである。

「品質の高さ」だけでは世界で戦っていけない

 このテーマを取り上げる理由は大きく二つある。一つは、日本企業がこれから世界のライバル企業と戦っていくためには、ビジネスとICTを効果的に融合していくことが必須と考えるからである。もはや日本企業は、商品の品質の高さだけでは世界で戦っていけないことが明白である。何らかのイノベーションが必要な状況になっている。

 このイノベーションは、まさにビジネスとICTの融合を実践することで初めて生まれる。それを実現することができる人材を、日本の官・民・学が協力し合って育成していくべきではないか。

 もう一つの理由は、システム開発に携わっているエンジニア、そして情報処理に関心を持っている学生に向けて、ICTが持つビジネス戦略の中での重要性を改めて紹介したいからだ。これらの皆さんにICTの大きな魅力を感じ取ってもらい、ビジネスとICTを融合する人材に向かって大きく羽ばたいてほしいと願っている。

イノベーションのビジネス戦略はシンプル化とOne to One

 東京海上日動が全社を挙げて取り組んでいるイノベーションを、社内では「抜本改革」と呼んでいる。この「抜本改革」を例にとって、ビジネスとICTをどう融合していくのか検証してみる。

 はじめに東京海上日動のビジネスについて簡単に説明しておこう。東京海上日動は損害保険会社であり、自動車保険や火災保険などを提供している。契約は、ほとんどが1年契約となっており、毎年更新していく形態をとっている。年間売り上げ保険料は約1兆8000億円だ。

 保険商品の募集活動は、ほとんど「代理店」で行っている。代理店は東京海上日動とは別の事業体であり、全国で4万6000店ある。その代理店をサポートする東京海上日動の営業所が全国に400カ所配置されている。保険の募集、契約、メンテナンスの活動は、代理店がメインで行っており、営業所が代理店のサポートおよび一部の事務処理を行っている。

 一方、お客様が事故にあわれたときのサービスを損害サービスと呼んでいるが、その業務は主に保険会社が行っている。そのための損害サービス拠点が全国に200カ所配置されている。

 「抜本改革」は、2004年から検討を開始し、10年余りをかけたプロジェクトで、2012年の現在も継続中だ。「抜本改革」は、大きく商品戦略とプロセス改革の2つの軸から構成されている。

 商品戦略の一つは、徹底した「シンプル化」である。1997年に保険が自由化され、それ以来、保険会社は商品競争に入った。その結果、商品が複雑になりすぎ、募集活動をする代理店、損害サービスを提供する保険会社とも業務が複雑になり、人間に例えれば血液がサラサラ循環しない状況に陥っていた。お客様の要望に応えようとするあまり、商品が複雑なものになりすぎ、かえってお客様へのサービスが滞るような事態にもなっていた。そこで、商品を徹底してシンプルにし、業務がサラサラと進むようにしよう、という戦略だ。