前編では、電子政府・電子自治体は単なる行政業務の電算化ではなく、ICTを活用したパラダイムシフトであることを説明し、日本の電子政府・電子自治体を推進する取り組みが、投下した予算に見合った成果を上げていないことを指摘した。

 では、韓国の電子政府・電子自治体推進事業の成果はどうだったのか。韓国では電子政府・電子自治体事業を通じて、国家経営のイノベーションを図り、2010年の国連電子政府評価でも1位にランクされるなど、大いに成果を上げている。前編の「行政サービス5段階」に照らして評価しても、「第5段階」に当てはまる。基本的に国民や企業に対して証明書などを求めなくても、業務遂行ができるような行政サービス、業務プロセスの整備やシステム連携の整備を終えているからである。

韓国の電子政府は大統領のリーダーシップの賜物

 しかし、なぜ、韓国は日本に比べて極めて短期間に、ここまでの成果を上げることになったのだろうか。それは、国政の最高責任者である大統領が「国家CIO(情報化統括責任者)」として、電子政府・電子自治体に対する確固たる信念と、リーダーシップを発揮し、それに基づく地道な推進計画があってこそのものと言える。

 韓国の電子政府は15年の年月を経て完成形に向かっている。当時の盧泰愚(ノ・テウ)大統領(在任1988年-1993年)は、電子政府・電子自治体の実現を「国家改革・行政改革の主軸」と位置づけ、大統領によるトップダウン体制で大なたを振るった。

 資源の乏しい韓国は、国力を高める上で、常に世界の変化を先取りし続ける“革新の気風”を絶やすことができない。ましてや行政業務が国力増進の足かせになることは許されなかった。折しも、情報通信技術は急速な進展を見せていた。そうした背景の下、国政課題の一つとして電子政府の推進事業を採択したのである。

 政府が目指したのは、国民の中に民主主義の精神を今一度浸透させ、国民に主体的な国政参加をいっそう促すこと。行政の風通しを良くし、自浄作用を持たせること。また、行政府の業務を支える“仕組み”を、紙ベースや対面の原則から情報システム基盤そのものにくさびとして打ち込み、民主主義の後退を防ぐことであった。

 国政レベルの課題として電子政府化の推進を採択した政府は、その対象となる業務やシステムの範囲をほぼすべての国家情報化に拡大し、要求される目標レベルについても、過去に例を見ない水準まで引き上げた。

 この時、国民の反応は良好だった。韓国では、1999年にインターネット利用人口が1000万人を突破して以来、企業や家庭でのパソコン利用が急速に普及し始めていた。1998年に大統領に就任した金大中大統領(在任1998年-2003年)は、就任あいさつの中でも「私の任期内に韓国国民を世界でも最もインターネット、ICTを使いこなせる国民にする」との目標を掲げ、電子政府の基盤を作ることを国際課題の一つに取り上げ、「電子政府11大課題」を策定推進した。

 その内容は表1のようなものであった。金大中大統領の任期満了後の2007年、これらのサービスが本格的に提供され、公務員の業務効率は向上し、国民は高い利便性と情報化の恩恵を享受することができた。

表1●金大中大統領が推進した「電子政府11大課題」の内容
(1)国家統合窓口を通じた窓口業務の革新事業
 電子政府ポータルシステム
(2)4大社会保険連携事業(医療保険、労災保険、雇用保険、国民年金)
 社会保障のための各種年金や保険の加入から脱退までのプロセスを、一括で処理できるように作ったシステム
(3)政府統合電子調達システム構築事業
 各省庁、自治体、公共機関の調達業務を一つのシステムにまとめたもので、業者登録から入札、電子契約、電子請求、電子支払までのすべてのプロセス
(4)インターネットを通した国税サービス提供事業
 インターネットを通した、国税や地方税の納付や各種証明書のネット発行業務
(5)国家財政情報システム構築事業
(6)市郡区(市町村)行政総合情報化事業
 市町村の基幹行政システムを国家予算で開発し、全国の市町村に無償で配布、共同利用する事業(日本の自治体クラウドの究極的な事例)
(7)全国単位の教育行政情報システム構築事業
 国内の小中高校でも各種学務事務業務を処理できる業務パッケージ開発運用事業
(8)標準人事管理システム構築
 各省庁、各自治体が使える標準人事管理システムの開発事業
(9)電子決裁および電子文書流通定着事業
 各省庁、自治体の間でデータの変換なしに、そのまま連携して使えるシステムの標準制定やシステムの構築
(10)電子官印システム構築および公的個人認証書普及事業
(11)政府の統合電算環境構築事業
 中央省庁の情報システムを1カ所に統合して、管理の効率性を上げる事業

 金大統領に続き、盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領(在任2003年-2008年)が選出された大統領選挙でも、支援者グループがホームページを立ち上げ、そこで様々なメッセージの発信や意見交換を行い、また選挙費用を直接、国民から寄付してもらうことで、政治家と財界人の癒着を断ち切ったという経緯がある。

 地盤や資金力を後ろ盾にしなくても、インターネットを活用して支援の輪を広げれば選挙に勝てることを自ら証明した盧大統領が、行政改革と国民向けのサービスの質的向上の手段としてインターネット技術を活用することはごく自然な成り行きであり、支持者を中心に国民の多くがそれを歓迎した。