クラウドの進展、スマートフォンの普及、ソーシャルの台頭――。激変する情報化社会においてITリーダーが自らの価値を高めるには、ITの役割をゼロから発想し直す必要がある。そのための示唆に富んだ、米ガートナーのリサーチ部門総責任者Peter Sondergaard氏をはじめとするアナリストたちの講演を5回に分けてお届けする。これは、米オーランドで2011年10月16~20日に開催された「Gartner Symposium ITxpo 2011」のキーノートをまとめたものである。講演の動画は、ガートナーの日本語サイトから視聴できる。
 今回は、前回までに説明したITリーダーが行うべき「ポストモダンビジネスの構築」「シンプル(簡潔さ)の追求」「ゼロからの変革」のうち、ポストモダンビジネスについて、マネージング・バイス プレジデントでガートナー・フェローのDaryl Plummer氏が解説する。

 前回までに、変革期にITリーダーがとるべき三つの行動を説明した。それは、「ポストモダンビジネスの構築」「シンプル(簡潔さ)の追求」「ゼロからの変革」であった。

 今回は、ポストモダンなビジネスとは何かを説明する。この問いの答えを見つけるには、建築史における「ポストモダンアーキテクチャ」を思い出すと良いだろう。

 建築におけるポストモダンとは、建築デザインをゼロから見直すムーブメントであり、この時期には多彩な形式で建物が表現された。いわば、ポストモダンアーキテクチャは「何でもあり」であった。同様にポストモダンビジネスでは、ビジネスの現状がゼロから見直され、顧客、サプライヤ、パートナーの関係が劇的に深化する。相互がより密接に関与することになるわけだ。

 また、ポストモダンアーキテクチャでは、「機能が先で形は後(form follows function)」というフレーズを排除し、「吟味を重ねたデザイン(eclectic designs)」というフレーズが好んで使われた。同様に、ポストモダンビジネスでは、ビジネスアーキテクチャといったフレーズがなくなる。代わりに、「顧客の喜び」「顧客の関与」「顧客との親密な関係」といったフレーズが好んで使われるだろう。なぜなら、ポストモダンビジネスでは、顧客およびそのニーズは、アーキテクチャの変化より速いスピードで変わっていくからだ。

顧客との関係を見直し、より密接に関与して喜びを与える

 ポストモダンビジネスでは、これまでにないほど速いスピードで市場が変化する。顧客は、製品やサービスに関する豊富な情報を入手できるようになる。こうした状況で企業は、顧客に喜びを与え、自社製品やサービスを気に入ってもらう必要がある。さらに、短期間で変化する顧客の関心を的確にとらえるために、顧客と密接な関係を築かなければならない。

タイトル

●顧客の喜び
 企業の平均寿命がわずか10年に満たない今、顧客満足の「蓄積」により企業の寿命は1年伸びる。顧客に喜んでもらうことで、死に至るまでを1年延ばせるのだ。

 では、どうすれば顧客に喜んでもらえるのか。毎年、2000万個の小包が配達され、そのうち20万個ほどが紛失しているのをご存知だろうか? 小包の紛失は、顧客を失い、利益も失うことになる。その結果として生じる顧客の不満は、ビジネスにとって最大の敵となる。なぜなら、顧客はその不満をほかの誰かに話すからだ。このように顧客に不満を抱かせる代わりに、喜んでもらわなければならない。ここで鍵をにぎるのが、コラボレーション(協業)だ。

 身近な例として花束を贈る場合を考えよう。花屋は栽培業者と協業することで、花束を産地から顧客へ直送することが可能になる。花屋からの発注のプロセスを受けて、栽培業者は顧客のもとへ花束を発送する。この花束が顧客の近くまで配送されたら、次は受け取り確認とピックアップ予定の告知のプロセスだ。小包が「スマートパッケージ」なら、「すぐ近くまで来ています。ピックアップしてください!」と顧客へ発信することも可能になる。

 このようにして小包は滞りなく、そして紛失することなく、顧客のもとへ届けられる。その結果として、「顧客の喜び」が創出される。これが、ポストモダンビジネスを基盤にした、シームレスな協業の例である。

●顧客の関与
 顧客に喜びを与えると同時に、顧客に関与してもらうことも重要だ。顧客は価値を見出せる場合、プロセスの大部分を自ら行う。ガートナーはこの動きを「エクストリームコラボレーション」と呼んでいる。

 このエクストリームコラボレーションは、現実に起きている動きである。具合例として、Friendsuranceというドイツの保険会社を紹介する。この会社は、Facebookコミュニティの友人同士で保険料を出し合い、お互いの保険請求をカバーする形で保険を提供している。何らかの災害に対する保障として、一般的な保険に加入する経済的余裕がない家庭を友人同士で支援できるとしたら、すべての友人とフォロワーが協力し合う価値があるだろう。

●顧客との密接な関係
 「顧客の喜び」「顧客の関与」に加えて、「顧客との密接な関係」を築くことも重要だ。例えば、インドの金融機関であるYes BANKは、顧客の求めるモバイル決済(モバイルNFC)を実現することで競争優位を作り出している。これは、顧客から学び、ITを活用してビジネスに適応させることでもたらされている。ポストモダンビジネスの典型例といえるだろう。

 Yes BANKのように、親密な関係を通じて顧客との間にロイヤルティを確立できれば、企業の寿命を延ばせる。また、ポストモダンビジネスにおいては、カスタマーロイヤリティプログラムだけを重視するのではなく、企業からの「顧客に対するロイヤリティ」も重要になることを見逃してはいけない。